第154話 完勝
「ほらほら! 油断も休む暇も与えないよ!」
エリカの一連のコンボをかわした俺のもとに、素早くイルゼが肉薄した。
どうやら、イルゼが俺にひたすら張り付いて、エリカが突き技で体力の消耗を狙うスタイルだな。
最初からぶつかれば俺に勝てないと割り切っている戦い方だ。
悪くないが、負けを想定している以上は突けいる隙はいくらでもある。
まず、弱点その一。
イルゼが俺より弱いこと。
二人の作戦を永遠に成立させ続けるには、イルゼが少なくとも俺と接戦を演じる必要がある。
しかし、俺が少しでも本気を出すと、ステータスの差でイルゼは俺に勝てない。
先ほどエリカにやったように、わざと力技に持ち込むためにイルゼに近付く。
お互いの剣がぶつかりあって鍔迫り合いに移る。
「ぐっ……相変わらず、馬鹿げた腕力してるねッ!」
「そりゃどうも。勇者様に褒められて嬉しいかぎりだよ」
ギリギリと、徐々にイルゼの木剣が彼のほうへと押されていく。
だが、そこへエリカの鋭い突き技が放たれた。
まあそうくるよな。仲間が落ちたら、それこそ地力で劣るエリカに勝ち目はなくなる。
だからこそあえてイルゼに接近している。ここで近付けば、合気道の要領でイルゼの体をわずかに横にズラし——。
「あうあっ!?」
「しまっ!?」
エリカの突きをイルゼに食らわせた。
勇者は頑丈だから、エリカに本気で攻撃されても重症になったりはしない。
けど、痛みで体はわずかに硬直する。その硬直は、俺たちの戦いにおいては致命的な遅れだ。
体が硬直したことで力も抜けて、俺の木剣がさらに勇者のほうへと押し込まれる。
慌ててイルゼは体勢を整えようとするが、最初から俺の決め手はゴリ押しじゃない。
そう思ったイルゼの体に力が最大限入るのを待っていた。
——そう。エリカに使った柔術。
相手のバランスを崩すのに、これより優秀な技はないだろう。
イルゼの足を払い、胸元を掴み、地面に倒す。
「はい、一本」
まずはイルゼがダウンする。
すでに見たことのあるエリカは、イルゼが倒されたこの隙を狙う。
千載一遇のチャンスだ。彼女がそれを逃すはずがない。
このチャンスを逃せば、一対一になって確実に負けると思っているから。
再び、鋭い突き技が放たれた。
それを、木剣で横に弾いて防ぐ。
正面からの攻撃は、横にちょっと叩いてあげるだけでズレる。
ヒット判定の広い武器だったらそれでも当たるだろうが、槍の先っぽなんてごくごくわずかだ。当たるほうが難しい。
「ッ!」
「これで終わり——ですかね?」
最後のエリカの突きを避けて、勢いよく地面を蹴る。
エリカとの距離はゼロだ。彼女の首に木剣を当てて降参を願う。
彼女はジッと俺の顔を数秒ほど見つめた後に……、
「……ハァ。また負けた」
降参を宣言する。
直後、周りを囲んでいた騎士たちが盛大な歓声を上げた。
「うおおおおおお!」
「すげぇ! 団長と勇者様を相手にして完勝しやがったぞ!」
「いくらスキルなしとはいえ、普通にすごいなネファリアス!」
「さすが先輩ですね。意味不明なほど動きが速かったです」
「普通、あんな落ち着いて捌けませんよね……びっくりです」
誰も彼もが拍手と称賛を送る。
倒れたイルゼなんて、
「ちぇ~……少しくらいネファリアスくんに土を付けられると思ってたのに。なんだよあの投げ技。反則じゃないか」
とぶつくさ文句を垂れながら立ち上がった。
そんな彼に、
「東方で使われる技ですよ。以前、エリカ団長も引っかかったスペシャルな技術です」
「え? エリカまであの技で倒されたの?」
「認めるのは癪だけど、そうね。一杯食わされたわ」
「それならしょうがないか。正直、完全に意識が上にいってたね。今後は足元にも注意しないと」
「ふふんっ。イルゼは私より無様に負けてたものね」
エリカが鼻を鳴らして上機嫌に笑う。
揃って負けたというのに、自分のほうがまだマシと主張するとは……。
当然、イルゼは過剰な反応を見せた。
「はぁ!? エリカの攻撃はまったく通用しなかったし、僕に当たってたけどぉ? 味方に攻撃を当てるなんてヘタクソなんじゃない?」
「あれはネファリアスが狙ってイルゼを盾にしただけでしょ! そんなこと言うなら、盾にされるイルゼが悪い!」
「むむむ!」
「何よ!」
「面白そうなんでそのまま二人で戦ったらどうですか?」
俺はちょっとした提案をする。
もう戦うのは面倒なので、次は二人に押し付けてみた。
すると二人は、俺の顔を見たあとで再びお互い見つめ合い……、
「いいわね」
「やろうか」
そう言って距離を離すと、またしても武器を構えて地面を蹴った。
周りにいる騎士たちの歓声も続く。
こんな大声を出していたら、そのうち魔物とか寄って来そうだなぁ……とか思いながら、俺も二人の戦いを見守った。
———————————
あとがき。
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