第152話 好きにすればいい
真面目な声色で、勇者イルゼが聞き覚えのある問いを投げた。
「どうした急に。まだ悩んでるのか?」
その問いかけは、かつてノートリアスで聞いたことのある内容だった。
勇者イルゼの中では、確固たる答えがまだ出ていなかったらしい。
「あはは。ごめんね。どうしても考えちゃうんだ。僕はなにを救い、何のために行動すればいいのかなって」
「そりゃあ勇者なんだから、強大な悪に立ち向かうのが役目だろ」
「そうだね。実際、僕はノートリアスで強大な悪と対峙した。結果的には勝てたけど、ネファリアスくんがいなかったら……」
「結果論だろ。あのとき、お前の行動は間違ってなかったし、何を悩む必要があるんだ」
イルゼはよくやってたよ。序盤で悪魔なんていうクソキャラが出てくるほうがおかしいんだ。
コイツは着実に強くなってる。そのうち、悪魔なんて簡単に倒せるようになるさ。
「……僕は、人を殺したんだ」
「人?」
「ノートリアスで、改造された人間を殺した。それっぽいことを言ったけど、あのときの僕に容赦はなかった。殺すことで彼らを救えると思ったんだ」
「事実だろ。アレは普通の手段では救えなかった。殺すしかない」
俺だってそうした。そうするしかなかった。
「ありがとう。そのこと自体に悔いがあるわけじゃない。ただ……あのときの僕は怒りに身を任せていた。すべて悪いと敵に怒りをぶつけて癇癪を起こしていただけだ」
「しょうがないさ。あれは胸糞が悪すぎた」
「それでも反省してるんだ。相手を一方的に悪だと断言して殺すのは、果たして勇者らしいのかなって」
「実際に外道だったから問題ないだろ」
「もしかしたら、そのうち、冤罪をきせられた誰かを殺すことになるかもしれないよ?」
それこそが話の本題だったのか。勇者イルゼは真っ直ぐに俺の顔を見つめた。
純粋な瞳が俺を突き刺す。
「冤罪……ね」
前世でもそういう事件はたしかにあった。事情を知らない人間がネットで悪口を吐きまくっていたり、とかな。
他にも近所の人間に虐められたり……いろいろある。それはわかる。だが……。
「その場合は、それでも多数の人間がそいつの罪を問うなら、人類の希望たるお前は剣を振るわなくちゃいけないのかもしれない」
「無罪の人間を殺せって言うのかい?」
「そうは言ってないが……そいつが無実だとも限らない。そうだろ?」
「それは……」
「何が正しいのかは、結局すべてが終わったあとでわかることだ。誰だって目の前の箱に入ったプレゼントが、開けてみるまではお菓子か爆弾かわからない」
だから冤罪は生まれる。冤罪を消せない。
疑わしきは罰せよ。
少しでも怪しいと思ったら、正しいと思えるまでは疑うしかない。
特にイルゼは勇者だ。国や民のために、もしものときは無実の人間を裁く場合もある。
それが平和に繋がるから、しょうがないと目を逸らして。
それが人間だ。それが国だ。それが……世界だと俺は思う。
「じゃあ、僕は……ただ誰かの望む存在になればいいの?」
「いいや。違うよ」
「え?」
「イルゼはイルゼだ。たしかに勇者ではあるけど、その前にひとりのイルゼだ。好きに考えればいい」
「さっきと言ってることが違うよ」
「そういう矛盾が人間らしくていいだろ? やらなきゃいけない、けど悩む」
さんざん苦しめばいいさ。お前は苦しむほどの前に進める。
「その結果出した答えなら……少しは納得できるだろ?」
「ネファリアスくん……」
「うんうん。俺ってばカッコいいな」
「ぜんぜん参考にならなかったよ」
ずこっ。
最終的に冷たく一蹴されてしまった。
まあ、自分でも何を言ってるのかよくわかってなかったし、平たくまとめると……やっぱ好きに考えろってことに戻る。
誰かに強制された答えをそのまま受け取るのもいいが……別にそうじゃなくてもいいってね。
勇者である自分に囚われすぎてはいけない。そう思った。
「でも……まあ」
にこりと勇者イルゼは笑う。
その表情に、もう曇りはなかった。
「なんとなく、胸につっかえていたモヤモヤはなくなったかな?」
「つまり俺のおかげだと」
「認めるのは癪だね」
「なんでだよ!」
「だってネファリアスくんのドヤ顔がムカつく~」
「テメェ……仮に敵対することがあったらボコボコにするぞ?」
「そんな機会があったら、逆に僕がボコボコにしちゃうけどね?」
にやりとイルゼが好戦的に笑う。
いい返答をするようになったじゃねぇか。
「なんだなんだ? イルゼとネファリアスの喧嘩か?」
「いいねいいね! 俺はネファリアスが勝つほうに賭けるぜ」
「賭博じゃねぇんだよ馬鹿」
わらわらと集まってきたむさ苦しい男共に突っ込む。
あくまで例えばの話だ。
イルゼも、
「いま戦ったらさすがに僕は勝てないよ~。みんなも協力してくれるかい?」
とかなんとか言ってるし。——って!
「それ反則じゃねぇか!」
夜はふけていく。
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