第149話 疲労困憊

 フィオナとアビゲイルは、前回苦戦したオークを相手に、一方的な勝利を収めた。


 涙目で嬉しそうに俺に抱きついてくる。


「よしよし。そろそろ落ち着いたか、二人とも」


「うぅ……子供みたいにあやされてしまいました……」


「ネファリアス先輩に頭を撫でられるなんて……屈辱ですっ」


「いい根性してるよ、フィオナてめぇ」


 せっかく優しく撫でてやったのに、言うに事欠いてそれか?


 しかもフィオナの奴、文句を言いながらも拒否しなかった。ガキみたいに泣いてたくせによく言う。


「あなたたち、もう十分でしょ。次の魔物も来るだろうからしゃきっとしなさい」


 苦笑した団長エリカに声をかけられ、二人はゆっくりと立ち上がった。


 重さが消えた俺もまた立ち上がる。


「すみませんでした、団長。お見苦しいところを……」


「いいのよ、フィオナ。それだけ嬉しかったってことでしょ? 私だってオークをあんな簡単に倒せるとは思っていなかったわ。成長したわね」


「ッ!」


 またしてもフィオナの瞳に涙が滲む。


 彼女にとって、女性でありながら王国最強と言われるエリカは、まさに憧れの人物なのだろう。


 その様子をしばし眺め、エリカが言ったように新たなモンスターが森の奥から姿を見せた。


「! エリカ、早速出てきたけどどうする?」


「んー……そうね。他の団員たちが新人のおかげでやる気まんまんって感じだし……任せるわ。適当に連携の訓練をしなさい」


「だってさー、みんなー!」


 大きな声で、前方にいる団員へイルゼが声をかける。


 もちろん他の団員たちは、


「了解です!」


 と声を揃えて答えた。


 各々がお気に入りの武器を構え、動物型だったり、人型だったりするモンスターのもとへ迫る。


 俺が出ると場が白けるため、疲れているであろうフィオナたちのそばで戦う仲間たちの様子を見守った。




 彼ら彼女らは知らない。——ここからが特別訓練の真骨頂だと。




 ▼△▼




「またモンスターが出てきたわね。あなた達、迅速に倒しなさい」


「はい!」


 しばらくモンスターを討伐すると、またしても複数のモンスターと遭遇する。


 外にいるのだから別段珍しい光景ではないが、問題は……、


「ほら! そこの男たち! 動きが鈍ってるわよ! まだ戦い始めたばかりなんだからもっときびきび動く!」


「君たち休んじゃダメだよ~。右からモンスター来てるし」


「槍を突くなら一緒に突け。少しは攻撃が通りやすくなるぞ」


 エリカとイルゼと俺が、何度も何度もぶつかるモンスターたちを前に、指示しかしないことだろう。


 おかげで、新人であるフィオナたちを含めたすべての団員たちが、ひたすら出会ったモンスターと戦い続けている。




 現在、三戦目だ。


 まだまだ余裕のある団員もいれば、やたらと動き回ったせいで疲れている団員もいた。


 しかし、エリカたちは甘えを許さない。休憩していると思われる団員に指示を飛ばし、無理やり戦わせた。


 まさに死に物狂いだ。


 これまでやってきた対人戦と違って、モンスターとの戦闘は命がけ。相手は容赦も待ってもくれない。ただひたすらに、生き残りたいなら戦えという。


「ほら! そこ! 動きが遅いって言ってるでしょ! 他の仲間がピンチよ!」


「油断しない油断しない。後ろに回りこまれるよ~」


「フィオナ! アビゲイル! 地面に倒れるな! 休むな! 動け!」


 それぞれが永遠に叱責と指示を飛ばし続ける。


 そんな戦いが何時間も続き、敵との遭遇が二桁に達したとき……すべての団員がゲロ吐くくらいの疲労を覚えた。




 ▼△▼




「き、鬼畜……いえ、もはや……悪魔ぁ……」


 地面に倒れて白目を剥くフィオナが、魘されるように呟いていた。


 彼女の前に立ち、にやりと笑う。


「誰が悪魔だって? あんな連中と一緒にするんじゃねぇ」


「だってぇ……」


「あ、アビゲイルも……今回、ばかりは……ネファリアス、様が……悪魔に見えますぅ……」


「この訓練を考えたのはエリカ団長だぞ。どちらかと言うと、悪魔は団長だろ」


「ちょっと待ちなさい」


 ぐいっ。


「ぐえっ!?」


 後ろからエリカに首を掴まれる。


「誰が悪魔ですって? あなただって楽しそうに指示していたじゃない。同罪よ」


「あ、悪魔とは認めているじゃないですか……」


「一言多い部下は、奈落の底に落とすわよ~?」


「なんでもありませんでした」


 悲しいかな。権力と女性には勝てない宿命なのだ、俺は。


 その様子を眺めていた新人の二人は、


「ネファリアス先輩……もう少し頑張って団長を説得してくださいよ……」


「アビゲイルも応援したいです……」


 とかなんとか抜かしてやがった。


 無茶言うな。エリカに文句を言えるのは、それこそ勇者様だけだっての。




「ねぇねぇ、エリカ」


「ん? どうしたのイルゼ」


 俺の首を掴んだまま、彼女はイルゼの言葉に返事を返す。


 まずは離そうか?


「目的地の川辺に着いたよ。綺麗な水だから、水浴びしてもいいかな?」

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