第148話 新人、奮闘する

「モンスターが出たぞ——!」


 男性騎士が大きな声を発して周囲に知らせる。


 視線をそちらへ向けると、前方に緑色の人型モンスターが立っていた。中型の個体であるオークだ。


 オークを見た途端、近くにいたアビゲイルとフィオナは、


「「お、オーク……」」


 明らかに青い顔してドン引きしていた。


 一度戦っただけでそんな嫌そうな顔することある?


「二人とも嫌そうだね」


「当たり前じゃないですか! 前に戦ったときは死にかけたんですよ!?」


「アビゲイルももう戦いたくないですよ! 強いじゃないですか!」


「ははは。俺と勇者様がいるのに死ぬわけない死ぬわけない」


 適当に笑って二人の意見をスルーする。


 エリカも同じ意見だったのか、にやりと笑って地獄の判決を下した。


「そうね。多少の無理なら問題ないわ。せっかくだし、まずは新人の実力を測ることにしましょう」


「「えええええええ!?」」


 二人は揃って叫ぶ。


 最近は仲良くなってきて何よりだ。


「ちょうど相手は一体だしね。協力すれば問題ないんじゃない?」


「ゆ、勇者様まで……」


「アビゲイルたちに過酷な試練を……」


「一度は勝った相手なんだ、大丈夫だよ。くれぐれも油断しないように。即死したら俺のスキルでも治せないぞ」


「さっきと言ってること違いませんか!?」


「違わない違わない。いいから頑張ってこーい」


 アビゲイルの文句はスルーして、他の騎士たちを後方に下げる。


 すると、オークの視線は、自然と一番前にいる新人二人に向いて……。


「う、うぅ……相手もやる気まんまんですよ、フィオナさん」


「……みたいね。しょうがない。頑張りましょう、アビゲイル」


 二人は渋々といった様子で馬から下りる。


 腰に下げていた鞘から剣を抜き、構えた。


 ここ最近で随分と構えが様になっている。フィオナはともかく、アビゲイルは酷かったのに。


「アビゲイル、あなたは攻撃を全力で弾く役よ。防御能力ならあなたのほうが上だからね」


「わ、わかりました! 攻撃はフィオナさんに任せます!」


「ええ。完璧に殺してあげるわ!」


「グオオオオオオオ!!」


 二人の作戦が決まり、次いで、オークが叫んだ。


 どしどしと地面をわずかに揺らしながら二人のもとへ迫る。


 フィオナもアビゲイルも同時に地面を蹴った。逆にオークへと肉薄する。


 接近されたオークは手にした棍棒で攻撃を行う。それをアビゲイルが剣を盾にして防いだ。


 ガッツ——ッッッン!! という鈍い音が鳴った。衝撃でアビゲイルが後ろに仰け反る。


 しかし、アビゲイルはしっかりとオークの攻撃をガードした。ダメージはない。


「いや避けろよ」


 ぼそりと俺は呟くが、それが二人に聞こえるはずもない。


 大振りしたオークの側面から、続けてフィオナが懐に潜り込む。


「はあああああ!!」


 彼女は剣を振る。鋭い一撃がオークの体を切り裂いた。


 血飛沫が舞い、オークは苦悶の表情を浮かべる。


 ——悪くない。一度の戦闘を得て、二人はかなり落ち着いて戦えるようになった。


 最初の頃なんて、相手の攻撃を警戒してなかなか攻撃に転じられなかったのに、今では余裕で戦えている。


 もともとフィオナはスペックが高いほうだ。アビゲイルさえ無茶しなければ、オーク程度に負けるほうが難しい。


「アビゲイル!」


「はい!」


 アビゲイルはすぐに体勢を立て直してフィオナに近付く。


 オークがフィオナに怒りの攻撃を放つが、またしてもそれをアビゲイルに防がれる。


 ガツンッ! と再び衝撃が。


 今度は振り下ろした攻撃をアビゲイルが両足に力を入れてガードした。


 頭上から落ちた一撃は、重力を伴ってそれなりの威力になっているはずだが……、


「——ッ!」


 アビゲイルは全ての衝撃を吸収し終えた。割とガッツがあって素晴らしい。


「いまっ!」


 痺れと痛みに動けないアビゲイルの代わりに、後ろにいたフィオナがもう一度オークへ攻撃を仕掛けた。


 絶妙なコンビネーションが、そのままオークを追い詰めて——、




「グオオオオ……!」


 やがて、オークが呻き声を漏らして地面に倒れた。


 二人の勝利である。




 ▼△▼




「か、勝った……前回より圧倒的に……」


「お疲れ様、フィオナ、アビゲイル」


「ネファリアス先輩……」


「ネファリアス様……」


 静寂が満ちる中、馬から降りて手を振った俺に、二人はじんわりと涙を浮かべる。


「わ、私たち……強くなってる?」


「ああ。実戦を一度でも経験すると変わるだろ? 経験ってものすごく大事なんだぞ~」


 一度でもそれを体験したことがあるかどうかで、人の対応力は変わってくる。


 それを実感したのだろう。二人は己の武器、手元を見て……、


「う、うわああああああ!!」


 なぜか急に揃って俺に抱きついてきた。


「おわっ!?」


 あっけに取られた俺は、回避するのが間に合わずタックルされる。


 二人分の衝撃と重さに耐え切れず後ろに倒れると、それを見ていたイルゼやエリカが、


「ふふ、仲良しね、あなたたち」


「嬉しかったんだねぇ」


 と微笑ましそうにこちらを見下ろしていた。


 ……おい、助けろよ。


 俺は逆に二人を睨んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る