第147話 その救いは本当に正しいのか

 カパカパと馬が足音を立てる。


 俺たち第三騎士団は、早朝、団長エリカの指示によって王都近隣の森へと出向いた。


 やってきた理由は単純だ。エリカの提案により特別強化訓練? とやらを行う。


 文字にすると仰々しいが、要は「外でモンスター狩るわよ!」とのこと。


 そのため、いきなり放り出された新人二人は……。


「ま、また外にやってきましたね……アビゲイルは不安しかないのですが……」


「ネファリアス先輩にやられた事が、地味にトラウマになりそう……」


 ものすごく青い顔で空を見上げていた。


 いくら見上げたところで、空は青い。青い顔で見るものでもないだろう。なんちゃって。


「まーだ言ってるの、二人とも。いい加減諦めなよ。ここまで来たら終わりだよ」


 近付いて二人に声をかける。


 アビゲイルもフィオナも元気なく答えた。


「そんなこと言われても……嫌なものは嫌なんです。聞いたことありませんよ。入ったばかりの新人をいきなり外へ放り出す騎士団なんて」


「あ、アビゲイルは騎士団に関して詳しく知りませんが、やっぱり普通ではない……ですよねぇ」


「まあ上があのエリカだからねぇ……俺も新人の頃にノートリアスへ行ったし、彼女はどうやらなかなかに試練を与えるのが好きらしい」


 俺の場合はある程度の実力があるから連れていったのだろうが。


 それに比べたら、彼女たちは本当に駆け出しの騎士だ。俺ほど強くないし、実戦の経験も乏しい。


 そんな二人を無理やり強くするため……ではないのがエリカだ。


 恐らく、俺の予想によると、エリカは全体の能力向上を目指している。平たく言えば……新人は巻き込まれたに過ぎない。


 今後、また悪魔たちと戦うことを想定しているのか。そこまでは流石にわからなかった。




「……さっきから言ってくれるじゃない、あなた達」


「エリカ団長」


「「ひぃっ!?」」


 馬の足音が聞こえ、エリカが俺たちのそばに寄ってくる。


 俺は平然と答えた。


「事実でしょ。俺はともかく、アビゲイルとフィオナが可哀想ですよ」


「ついこの前、モンスター討伐に新人を連れていった男の発言とは思えないわねぇ、ネファリアス」


「それはそれ。これはこれ」


「ネファリアス先輩は普通に最低です。鬼畜です」


「オークとかとも戦わされましたね……」


「え゛!? そ、そんな相手とも……ネファリアスくんは酷い人だねぇ」


 あはは、とエリカの後ろから笑って新たに姿を見せたのは、勇者イルゼ。


 相変わらず人懐っこい笑みを浮かべている。


「新人が強くなりたいとか言うから俺は善意で……」


「それなら私も善意でみんなを強くしたいのよ。第三騎士団は王都の精鋭。もっと腕を磨かなくちゃ。またあのバケモノみたいなのが出てきたときに困るのよ」


「そのときは僕に任せてよ! 今度は確実に倒してみせるから!」


 グッと勇者イルゼが親指を立てる。


 エリカは苦笑し、


「まずはネファリアスと同じくらい強くならなきゃいけないけどね」


 と指摘した。


 イルゼは肩を竦める。


「ネファリアスくんは特別強いからなぁ。頑張るけど、頑張ったときにはもっと強くなってそう」


「当然でしょう? 俺のギフトは成長しますからね。もっともっと強くなって、最強を目指しますよ」


 絶対に誰からも奪われないために。


「カッコいい~。実はネファリアスくんが本物の勇者だったりしないの?」


「俺が? まさか」


 俺はただの悪役貴族になる予定だった男だよ。


 勇者からは一番遠い存在だ。


「たしかに。イルゼよりよっぽど勇者っぽいわ」


「えぇ!? それはさすがに酷いんじゃないの、エリカ! 僕だって勇者らしいだろ!?」


「イルゼはなんて言うか……ちょっと頼りない」


「人の顔見て言うことかい!? 外見のことならしょうがないだろ!? 生まれながらなんだから!」


「わかってるわよ。冗談冗談」


「顔が割と本気だった気がする……」


「勘違いよ。自意識過剰ってやつね」


「一言余計だよ」


 ぷいっ、と顔を逸らして勇者イルゼは先に行ってしまった。


 その背中を見送って、


「まったく……まだまだ子供っぽいところがあるんだから」


 とエリカは笑う。


 俺も同意見だが、イルゼには様々な葛藤が訪れる……ん?


 考えてみて、ふと俺は思った。


 ——イルゼに訪れるはずだった葛藤って……なんだ?


 彼は原作では、多くの人を失った。エリカや他のヒロイン達。団員や友人。街の人たち。


 それらの犠牲が勇者の心を強くし、迷いない正義を掲げさせる。


 だが、前にノートリアスで彼女は俺に問うた。


 ——正義のあり方を。


 本来のイルゼはそんなことを考える人間だったか?


 徐々に落ち込み、壊され、それでも前を見て絶対の正義を抱く。そんなキャラだったはず……。


 もしかして? もしかして俺が……アイツの道を阻んでいる可能性があるのか?


 犠牲が生まれず、頼れる存在がいる。その状況が……もしこのまま続いたら……。


 ふと俺は、そんなことを考えてしまった。


 しかし、思考の途中、




「モンスターが出たぞ——!」


 聞こえた男性騎士の声に、ハッと意識が現実に引き戻された。

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