第146話 楽しい楽しい訓練の時間

「……特別強化訓練?」


 エリカの言葉をそのまんまオウム返しする。


 彼女はこくりと頷いた。


「そ。私が考えたメンバー全員を平等に育成するためのメニュー。陛下にはすでに許可を取ってあるわ。イルゼも参加して外で行うの」


「外で……ってことは、まさか?」


「ふふ。そのまさかよ」


「えええええ!? モンスターと戦うんですか!?」


 答えに行き着いたフィオナが、目を見開いて叫ぶ。


「正解。それもただの訓練じゃない。簡単には王都へ帰れない、過酷なサバイバルが始まるわ」


「か、過酷な……サバイバル!?」


 いよいよフィオナの顔が青くなる。


 俺も若干引いていた。だって、サバイバルってことは……。


「と、泊り込みなんですか?」


「その通り! メンバー全員を連れて外で連日モンスター狩りよ! 食料も現地で確保しましょう! 幸いにも、近くには川が流れているわ。そこを拠点にしたらたくさんモンスターが狩れるわね」


 るんるん気分でエリカはそう言うが、エリカ以外は普通にドン引きの内容だった。


「僕も最初聞いたときは驚いたよ……ただ単純にモンスターを狩りに行くだけかと思ってたからね」


「まさかそこにサバイバルの文字が入ってくるとは……」


「普通に無理ですよ! 私まだ死にたくない!」


「安心しなさい、フィオナ。人はそう簡単には死なないわ。それに、私やイルゼ、ネファリアスがいるのよ? 簡単に死ねると思わないでほしいわね」


 くくく、とエリカが喉を鳴らす。


 もはや騎士団長って言うより山賊みたいな感じだが、外でのサバイバルはいい経験にはなる。


 全体のレベルアップをするのに、これほど効率的な訓練はないだろう。


「ちなみにいつから行くんですか?」


「明日からよ」


「————」


 フィオナが昇天した。


 どさっという音が続けて聞こえる。


 アビゲイルもダウンしていた。


「団長~。フィオナとアビゲイルが気絶しました~」


「医務室にでも運んでおきなさい。明日は簀巻きにしてでも連れて行くから」


「だってさ、二人とも。聞いてないとは思うけどご愁傷様」


 倒れたフィオナとアビゲイルを担ぎ上げ、俺は二人を医務室まで運ぶ。


 内心で手を合わせて合掌しておいた。


 なに、苦しみは皆同じだ。平等に分かち合おうじゃないか……。




 ▼△▼




「いやああああああ!」


 医務室に響き渡るフィオナの絶叫。耳が痛くなるほどの咆哮だった。


 俺は両耳を塞ぎながら口を開く。


「我慢しろ。アビゲイルは諦めたぞ」


「無理やり諦めさせられた、の間違いでしょう!? なんで新人がいきなりサバイバルさせられるんですか!」


「気持ちはよくわかる。俺も意味わからん」


 エリカって衝動的に動く傾向があるからな。それを予測するのはかなり難しい。


「だが、俺たちは騎士だ。最後には笑ってモンスターを倒そうじゃないか。なに、狩ってる内に楽しくなってくるよ」


 フィオナの首根っこを掴まえて引きずっていく。


 彼女は必死に抵抗するが、どれだけ頑張っても俺には勝てない。


「いやああああ! それはもう普通に狂っているのでは!? そもそも一対一ならともかく、外に出て連日モンスターを倒すなんて狂気の所業です!」


「わかるわ~。よーくわかる」


「ならネファリアス先輩から団長に言ってくださいよ!」


「なに言ってんだ、フィオナ。俺は彼女の部下だぞ?」


「……つまり?」


「団長命令には逆らえん」


 許せ、フィオナ。


 俺とて新人のお前に過酷な訓練を課すのは本望じゃない。下手すると死ぬ可能性もあるからな。


 しかし、彼女は運がいい。


 治癒系のスキルが使える俺とイルゼがいる状況でモンスターと戦えるのだ。生存率はグッと上がる。これほどいい訓練もないだろう。


「先輩」


「どうした」


「ものすごく笑ってますよ。隠せてません」


「おっと」


「もおおおおおお! 知ってましたけどね!? 先輩が後輩を虐めて楽しむ鬼畜野郎ってことくらいは!」


「おいおい、誤解を招くこと言うなよ。俺ほど優しい先輩もそういないぞ」


「じゃあその手を離してください」


「どうやら俺は、お前には厳しくしなきゃいけないらしい……」


 その願いだけは聞けない。


「さっきと言ってること違うじゃないですか!! 頭沸いてるんですか!?」


「言っていい事と言っちゃダメなことってあるよなぁ?」


「ひいいいい!? ご、ごめんなさい……」


「ダーメ。強制参加確定」


「あぁぁ……」


 そのまま彼女は力なく俺に引きずられていく。


 途中から抵抗する気力もなくなったらしい。


 大丈夫だよ。意外と仲間がいるから連日モンスターの相手をしたってなんとかなる。


 エリカ団長だってそこまで鬼畜なわけじゃない。


 いきなりモンスター集めて倒せー! とか、「新人? 関係ないわ。いいからモンスターに突っ込みなさい」とか脳筋理論は展開しないと思う。


 あくまで訓練だ。その範疇に収まるさ。……たぶん。


 やや不安を感じながらも、俺たち第三騎士団は準備を整えて外に出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る