第145話 殺意の高い後輩
「大人しく死んでください! ネファリアス先輩!!」
フィオナが無慈悲に木剣を振り下ろす。
狙いは俺の頭上だった。当たれば常人なら怪我じゃ済まない。
しかし、当然、俺はその攻撃を自身の木剣で防ぐ。
「やけに殺意高いな、おい」
いくらなんでも、俺だって心にダメージを負うこともあるんだぞ。
後輩から嫌われるとか意外に辛い。
だが、俺は彼女に嫌われているわけではない。純粋に訓練の一環だ。その証拠に、フィオナの攻撃を防いだ途端、横から新たな木剣が振るわれる。
——アビゲイルだ。
正確に、俺の腹部目掛けて木剣が薙ぎ払われた。
それを一歩後ろに身を引くだけで避ける。
「あっ!?」
「動揺するな。常に避けられることを念頭に置け」
動揺して動きが止まるアビゲイル。そんな彼女の腹部に軽く蹴りを入れた。
「きゃっ!?」
アビゲイルはあっさりと地面を転がった。
次いで、
「死ねえええええ! 先輩!」
地面に足をつけたフィオナが、左右にステップを刻みながら肉薄してくる。
相変わらず殺意が高い。木剣による突き技が放たれた。
それを、首を傾げて避ける。
「だから怖いって」
攻撃を回避したあとは、あえて一歩前に踏み込む。
それだけで、フィオナとの距離はゼロになる。武器が振れない距離だ。
頼りになるのは己の拳だけ。しかし、近接格闘に慣れていないフィオナは、俺に近づかれると動きが止まる。
アビゲイルと同じだ。不測の事態にとにかく弱い。
目を見開いた彼女へ、俺は攻撃を行った。
デコピーン。
フィオナの額を指が弾く。
俺の筋力数値だとそれなりに威力が出る。フィオナは、
「はうあっ!?」
衝撃でわずかに後ろへ仰け反った。額が赤くなっている。
「はい、これで俺の勝ちだな。少しくらいは手こずらせてみろよ、二人とも」
「無茶言わないでください! ネファリアス先輩は最強なのに、新人の私たちが勝てるわけないじゃないですか!」
「俺、一応はお前らの前に入ったばかりだが?」
「才能が違いすぎる! ギフト反対!」
「それは確かに」
ギフトの差は間違いない。特に俺のギフトは、他のギフトにはない特異性を持っている。
「アビゲイルは悔しいです……三回やって、手も足も出ませんでした……同時に相手してもらってるのに……」
「ほら! アビゲイルがショックを受けてるじゃないですか先輩! 慰めてあげないと!」
「随分とアビゲイルのことが気に入ったなぁ、お前」
ここ最近の訓練で二人は仲良くなっていた。
最初こそ、フィオナがアビゲイルを敵視していたのに、俺という共通の敵を見つけてからは普通に友達くらいまで距離を縮めていた。
「アビゲイルはいい子ですから。それに……——!」
ひゅんッ。
フィオナが隙を突いて放った突き技をかわす。
「……おい、フィオナ」
「チッ」
「チッ、じゃねぇ! 危ないだろうが!」
さらにデコピンをフィオナの額にぶち込む。
「いやああああ!? いたたた……この鬼畜ぅ……!」
「誰が鬼畜だ、誰だ。いきなり攻撃してきたお前が悪いだろうが」
「アビゲイルもそう思います」
「まさかの裏切り!?」
友人Aにあっさり見捨てられていた。不憫なフィオナである。
「あなたたち、楽しそうね」
「ん……団長」
会話の途中、宿舎のほうからエリカが姿を見せた。そばには勇者イルゼの姿もある。
「あれ? イルゼもいるのか」
「やっほー! 最近は王宮のほうで別の騎士たちと合同訓練しててね。なかなか顔を出せなかったよ」
「お疲れ様。第一騎士団はどうだった?」
「最悪」
げぇ、と舌を出して吐きそうな顔でイルゼは即答した。
最近、イルゼは国王の指示で、第一騎士団——王宮を守る騎士たちと訓練していた。
主な理由は、騎士たちの士気・実力向上にある。
「貴族の子息とか令嬢ばっかりでさ。一言目には嫌味ばかり出てくるの。雰囲気も地獄だね」
「俺が知ってる第一騎士団って感じだな」
「でしょー? それに、第三騎士団と比べると練度も低いし。僕の訓練にはならないから、とにかく時間の無駄だったよ」
「そんなに弱かったのか?」
「弱いっていうほどじゃないけど……型に嵌った剣術を使うね。攻撃が予測しやすかった。一度でも見れば十分さ」
「なるほど」
それはしょうがない。第一騎士団は伝統なんかを重んじる。
第三騎士団が自由に剣術を学び、個としての強さを探求する反面、第一は集団での強さに誇りを持っているからな。
総合して考えれば、個として強い奴が多い第三騎士団のほうが強いって扱いになる。
アイツら、性格悪いから連携力も低いしね。意味ないじゃん。
「じゃあまたしばらくはこっちで訓練するのか?」
「うん。そのつもりだよ。まあ……ちょっと面白いことがあるからね」
「面白いこと?」
なんだそれ。
首を傾げた俺に、今度は隣に並んでいたエリカがにやりと笑って答えた。
「特別強化訓練よ、ネファリアス」
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