第144話 歪な聖女

「二人とも聞いたことあるでしょ? 有名な剣士の話を」


 リーリエが唐突に言った。


「それって……前に話した、勇者様の部下の話?」


「そうそれ。さすがスカディ、よく覚えてたね」


「つい最近じゃない。そりゃあ覚えてるわよ」


「で、その剣士は、勇者様や騎士団の団長様より強いらしい。前の悪魔との戦いも、その剣士のおかげで勝てたとか」


「よく聞く話よね。聖王国まで広がっているんだから」


「たぶん、勇者様の功績を広げたいのね、王国側は」


 冷静にクロエが分析する。


「功績を広げる?」


「リーリエだってわかるでしょ? 王国からしたら、勇者様の成果は広めたいのよ」


「あー……まあ、勇者様って人類の希望だしね」


「ええ。勇者様やそれに連なるメンバーが功績を挙げれば、人類には希望があると思わせられる。それだけ勇者って名前には力がある」


「実際、私たちも喜んだしね」


 スカディは少し前の自分たちを思い出す。


 勇者の吉報。それを聞いた彼女やリーリエたちは、それはもう喜んだ。


 危険な旅が始まる前において、優秀な勇者の話は、同行者たるスカディの希望でもある。


「でも、勇者のほうが弱いという印象は悪くもある」


「それは僕も思ったね。勇者より強い存在って、逆に危なくない?」


「毒にもなれば薬もなる。勇者様だってまだ誕生したばかり。ここから強くなるわ。騎士団の団長がまさにそれだし」


「たしかに。エリカは王国最強で有名だしね……って、もしかして?」


「そう。件の剣士は、そのエリカよりも強いと言われている」


「うひゃー……世の中には才能を持った人がたくさんいるねぇ」


 思わずリーリエは脱帽した。


 自分たちはギフトを持っていてもほとんど非戦闘員。バチバチにモンスターや犯罪者たちと戦う騎士たちに尊敬の眼差しを向ける側だ。


 それゆえに、リーリエは素直にその剣士を尊敬する。


 きっと、並々ならぬ努力をしたのだろう、と。


「でも本当に実在するのかしら?」


「プロパガンダだと?」


「そこまでは言わないわ。エリカ団長より強い剣士の存在が、にわかには信じられないだけ」


「スカディの気持ちはよくわかる。正直、私も半信半疑ではあるし」


 クロエもこくりと頷いた。


「けどまあ、どっちでもいい。必要なのは勇者様。その剣士がどんな性格かもわからない以上は、やっぱり頼れるのは人類の希望だけよ」


「あとエリカ団長ね」


 リーリエが補足を入れて、クロエもスカディも同時に頷いた。


 そうだ。その二人さえ仲間になってくれれば……と。


「……さて。それじゃあ話もそこそこに、そろそろ行こっか」


 ぱぱぱっとお尻についた汚れを落としながらスカディが立ち上がる。


 クロエもそれに続いた。


「えー!? もう行くの? 早くない?」


「ぜんぜん早くない。それに、休憩ばっかりしてると追っ手がきたら追いつかれる」


「さすがに追ってはこないよ~。あの人たち、そんなに暇かなぁ?」


「異端審問官は暇でしょ。ほとんど仕事ないんだし」


「たしかに」


 リーリエは脳裏に異端審問官の姿を浮かべた。


 ゾッとする。


 急いで立ち上がり、渋々ながらも歩き始めた。


「あーあ。柔らかいベッドで寝たいねぇ」


「うん、寝たい」


「そうね。早く王国領に入って、小さな町でも立ち寄りましょ」


 三人は歩く。やがて希望が見つかると信じて。




 ▼△▼




 スカディたちが聖王国を出発してしばらく。


 教会の一番奥にある部屋では、ひとりの少女がふんぞり返っていた。


「ねぇ……まだスカディは見つからないの?」


「は、はい……恐らく、街を出て外に向かったのではないかと……」


「ふーん。あの箱入りのお嬢様が、まさか外に……意外ね」


「友人の二人の姿も見えません。恐らく、一緒に姿をくらませましたね」


 神官服に身を包んだ男性が、恭しく頭を下げながら問いに答える。


 少し考えたのち、少女は告げた。


「それでも急いで探しなさい。あの女をこの世界に存在させること自体が私への不敬よ。それはわかっているわね?」


「もちろんでございます。聖王国に生まれる聖女はただひとり。それが歴史の正しい姿」


「なら行きなさい。あの女に関しては、生死は問わないわ」


「ははぁ!」


 神官服を着た男性がその場から立ち去る。


 それを見届けた彼女は、くすくすと小さく笑った。


「あの女……無様に逃げ回っているようね。無理もないわ。本当の聖女は私で、アイツは偽者。それが今の真実なんだから」


 その笑いが徐々に声量を増していき、やがてわずかに室内で響く。


 頭に手を添え、彼女はひたすらに願った。




「あーあ……早く死んでくれないかしら……可愛い可愛い聖女スカディ様」


 その願いは歪だった。彼女の内心は、醜い嫉妬と殺意に呑まれている。


 どうしてそうなったのか。なぜそんな道しか選べなかったのか。その答えは……やがて明らかになる。




 すべてが終わったあとか。すべてが破滅したあとか。

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