第143話 逃げる聖女たち

 大自然の中を三人の女性が歩く。


 全員、灰色のローブにフードを被っていた。


 見るからに怪しい集団だが、何より一番怪しいのは……先頭に立つ女性の周囲。


 まるで彼女を守るかのように、複数の動物たちが囲んでいた。


「……ふう。さすがにここまで歩くのは初めてだから疲れるね」


 彼女の名前はスカディ。


 聖王国に生まれた聖女だったが、新たな聖女の誕生により、異端審問官に追われることになった悲劇の女性。


 その後ろに続くのは、彼女の友人二人だった。


「だよねぇ。私も足が筋肉痛になりそう……」


「スカディもリーリエも普段から運動をしないからそうなる」


「クロエはよく体力作りしてたっけ。すごいな~」


 唯一、冷静沈着なクロエだけが、三人の中で平然と歩いていた。他の二人はもう息も絶え絶えだ。


「シスターだからと言って、体力がなくても務まるわけじゃない」


「でも、私は別に体力なくてもいいと思うよ!」


「あなたはともかく、スカディは聖女なんだからないと困るでしょ」


「そ、そうかなぁ?」


 クロエに指摘されてスカディが慌てる。


 彼女は運動は苦手だった。


「聖女様なのよ、聖女様。いずれ勇者様と一緒に世界中を旅するあなたが、道中、「靴擦れを起こして歩けませーん」なんて言ったら笑いものになるわ」


「クロエの中での私の評価って、そういう感じなんだ……」


「あはは! たしかにスカディならそんなことも言いそうだね」


「リーリエまで!」


「でも、実際に私たちもう足が棒だよ? どうする? 聖王国は出たし、ひとまず休憩しない?」


「……そうね。私は余裕でも二人が倒れたら問題だわ。適度な休憩は助かる」


「それじゃあ、どこか休憩できそうな……きゃっ!?」


 言葉の途中、スカディはお供のクマに抱き上げられる。


 そのままクマはスカディを抱っこしたまま歩いた。


「ど、どうしたの?」


「ぐまぐまぐま」


「なんて?」


 スカディと違って動物と意思疎通が取れないリーリエが首を傾げる。


「えっと……僕が抱っこして運んであげる……って」


「ええええ!? それズルくない!? 反則だよ!」


「そんなこと言われても……これも私の能力だし……」


「聖女様が楽しちゃいけないよ! 苦労しながらも成長しないと!」


「それっぽいこと言ってるけど、あなただけが苦労したくないだけでしょ、リーリエ」


 リーリエの意見に呆れるクロエ。


 ぐぬぬ、とリーリエも言葉に詰まる。図星だった。


「だってぇ……だってぇ……! 私はもう疲れてるしぃ……」


「あはは……大丈夫だよ、リーリエ」


「スカディ!」


 リーリエの瞳に希望の光が宿った。


 くすりとスカディは笑いながら言う。


「ちゃんと休むわ。みんなの体力もあるもの」


「さすがだね、スカディは! 鬼クロエとは違うよ!」


「誰が鬼よ誰が」


 ポコッ、と後ろからクロエがリーリエの後頭部を叩いた。


 ちょうどそのタイミングで、休めそうな、少しひらけた場所を見つける。


「あ、向こうで休めそうよ」


「ふー! やっと休憩だ~」


 一番にリーリエが走る。


 その姿を見て、クロエが盛大にため息を吐いた。




「元気じゃない……」




 ▼△▼




「あ~~~~! 生き返る~~~~!」



 休憩中、街を出る前に購入しておいた飲み物で喉を潤したリーリエ。


 木の幹を背に地面に座った。




「クロエ、いまどの辺りかしら」


 スカディも飲み物を飲みながらクロエに訊ねた。


 クロエは、懐から地図を取り出して現在位置を確認する。


「今のペースだと……だいたいこの辺りかしらね」


「うーん……聖王国を抜けるのに結構かかりそうだね」


「帝国領を避けながら王国領を目指してるからね。調子に乗って変な道に行かないかぎりは、数日で王国領に入るわ」


「問題は……その後ね」


 急にスカディは真面目な表情を作った。クロエも頷く。


「恐らく私たちは指名手配されるはず。数日も捕まらなきゃ、国内にいないと考えるのが普通だからね」


「そうなると厳しいねぇ。動きも制限されるし、下手すると行方不明の私たちまで捕まるんじゃない?」


「それは覚悟の上。心配なのは、食料の確保と協力者」


「協力者……今の偽者の聖女である私に、勇者様は協力してくれるかしら?」


 最初こそ自信があったスカディだったが、徐々に不安が胸に溢れる。


 その問いに対して、クロエもリーリエもまともな返事は返せなかった。


 二人とて心配くらいはしている。


「わからないわ……勇者様に敵対されれば、間違いなく私たちは終わり。これは賭けでもある」


「でも勝てば、勇者様っていうものすごい仲間ができるよ。聖王国の重鎮だって、勇者の意見を無視できない。聖女であろうと、異端審問官であろうとね」


「クロエ、リーリエ……そうよね。ここでネガティブになっても始まらないわ」


 二人の好意的な意見にスカディも同意する。


 そして、


「——あ、でも僕としては気になる人はいるね」


 リーリエが急に話題を掘り下げた。


 クロエもスカディも首を傾げる。


「気になる人?」


「二人とも聞いたことあるでしょ? 有名な、剣士の話を」

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