第142話 訓練は続く

 フィオナとアビゲイルは、二人で協力して見事にオークを倒した。


 称賛の言葉と拍手を同時に贈ったのに、二人から、犯罪者を見るかのように睨まれてしまう。


 これは俺の愛の鞭だと言うのに……。


「本当に酷い目に遭いました……どこに新人をオークと戦わせる人がいるんですか」


「ここにいるじゃん」


「……そうでしたね」


 フィオナからは相変わらず冷たい視線をもらう。


 アビゲイルなんて疲れて会話に混ざらなくなっちゃったのに。


「でも、疲れた分だけ二人は強くなったよ。相手が人型だったのもよかったね。今なら過去の自分くらいは簡単に倒せるんじゃない?」


 二人に近付いて治癒のスキルを発動する。


 薄緑色の光が二人を包んで傷を癒した。


「たしかに成長した実感はありますね。今ならリナリーさんにも勝てるかも?」


「それは調子に乗りすぎでしょ。彼女ならソロでさくっとオークくらい倒すよ」


「ですよねぇ……目標はまだまだ遠くですか」


「うんうん。けど、フィオナは基礎はしっかりしてるし、リナリーと互角になるのもそう遠い話じゃない気もするよ」


「本当ですか!?」


 急に元気になるフィオナ。瞳に輝きが宿っていた。


「ほんとほんと。リナリーは初めて騎士になってから鍛錬を始めたんだ。今でこそ基礎もバッチリ、経験もあるけど、スタートダッシュって意味じゃ入団前に訓練してたフィオナのほうが上なんじゃない?」


 実際のところは判らないけどね。


 リナリーには才能もあったし、今ではかなり強い部類に入る。


 逆にフィオナは未知数だ。可能性の塊とも言えるし、無能である可能性もある。


 これからが面白くなるだろう。


 だが、少なくともアビゲイルと協力してオーク二体を倒した実績は……今後の糧になるはずだ。


「私のほうが、リナリーさんより上……」


「なんて酷い解釈の仕方だ。そういうのを偏向報道って言うんだよ」


「ネファリアス先輩が何を言ってるのか解りませんが、私は頑張ってリナリーさんを超えますよ! ギフトなし同士だったら、あとは才能と努力です! 私は才能あります!」


「すごい自信だなぁ……まあ、落ち込むよりはいいか」


 ネガティブよりポジティブ。


 そのやる気が今後に活かされることを祈ろう。


 ちらりと横に倒れたままのアビゲイルを見る。


「ほら、アビゲイル。そろそろ話も終わるから一度街へ帰るよ」


「うぅ……動きたくないぃ……」


「外に放り出されたいって?」


「おんぶ……」


「嫌だよ。甘えすぎ」


「私もおんぶを所望します!」


「フィオナまで!?」


 二人そろって急に甘え始めた。


 やれやれと俺はため息を吐く。


「自分の足で帰れないの?」


「「帰れません!」」


「うーん、それだけ元気があったら帰れると思うんだけどなぁ……」


「眩暈がします」


「誰かさんが無理させるせいでクラクラです……」


「いい根性してるよ、今回の新人はほんとに……」


 しょうがないので、二人を荷物のように担いでいく。


 するとフィオナとアビゲイルは、




「「なんか思ってたのと違う……」」


 と呟いていた。


 しかし、片方ならともかく、二人を同時に持つにはこういう運ぶ方をするしかない。


 両脇に二人を抱え、俺はゆっくりと王都へ戻った。




 ▼△▼




 翌日。


 生まれたての小鹿みたいに震えている二人の新人。それを見て、俺はくすりと笑った。


「ふふ。どうやら昨日の特別訓練は相当堪えたようだね」


「み、見ての通りです……」


「着替えるのも大変でした……」


「うんうん。筋肉っていうのはそうやって鍛えていくものだからね。意味があったならよし」


「それで……今日は何をするんですか?」


「また外に連れ出されたら、アビゲイルはネファリアス様を尊敬できなくなります」


 二人のジト目は相変わらずだなぁ。


 というか、俺はそこまで鬼畜野郎だと思われていたのか。地味にショックだよ。


「いくらなんでも連日外へ出かけたりはしないよ。下手すると二人が死んじゃうしね」


「「ホッ」」


 明らかに二人はホッとしていた。肩を撫で下ろしている。


「——その代わり」


 にやり。俺は笑う。


「今日の相手は……モンスターじゃなくて、——だ」


「「え……?」」


 フィオナもアビゲイルも面食らっていた。


 ぱくぱくと口を開閉させながら俺を見る。


 事実は変わらない。俺は腰に下げていた木剣を抜くと、それを構えて答えを出した。


 二人はさらに動揺する。


「ね、ねね、ネファリアス様が……相手!?」


「勝てるわけないじゃないですか! インチキです! やっぱり鬼畜ですよ、ネファリアス先輩は!」


「はいはい。別に勝てとは言ってない。格上を相手にどれだけ戦えるかの練習だ。いつだって自分より強い相手と戦ったほうが人は伸びるんだよ」


「だからって、実力差が……ハァ」


 フィオナはため息を漏らしながらも覚悟を決めた。木剣を構える。


 遅れてアビゲイルもやる気を見せ、二人は同時に地面を蹴った。




 中庭に、乾いた音が響く。

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