第139話 鬼畜じゃないよ

 サクサク、と地面を踏みつけて歩く。


 先頭を歩く俺は、ふいに足を止めて振り返った。


「二人とも、そろそろモンスターが出てくる区域だ。気を引き締めて進むように」


「どうして、私が……」


「アビゲイル、新人なのに……」


「なんだなんだ、新人二人は元気がないな」


 フィオナもアビゲイルも揃って俯いていた。


 声量も小さいし、なぜか俺に対する棘を感じる。


「せっかく二人の成長のために、休日を返上して外にきたんだぞ? こんなチャンス滅多にないんだし、せめて楽しもう!」


「いきなりモンスターの狩りに連れ出されたら、誰だって困惑すると思いますよ、先輩」


「いきなりじゃない。しっかりと昨日のウチに確認は取っただろ?」


「それをいきなりって言うんですよ……」


 やれやれ、とフィオナはため息を吐く。


 だが、隣に並ぶアビゲイルに比べればまだまともな反応を返せていた。


 アビゲイルに関しては、彼女ほど経験がないから少しだけ緊張している。


 前は多くの騎士に囲まれていたしな。


 ここは、彼女を励ますためにもジョークを交えるとしよう。


「アビゲイル、すごく緊張してる?」


「……正直、今すぐ王都に帰りたいくらいです」


「一度は通った道だろ? 大丈夫大丈夫」


「前はいっぱい騎士の方々がいたじゃないですかぁ」


 やっぱりそうか。


「でも、前よりアビゲイルは確実に強くなったよ。それもまた事実だ」


「一ヶ月ほど頑張っても人はそんなに変わりません! アビゲイルはそこまで天才タイプじゃないんです!」


「ふむ……まあ、それを言われるとたしかに厳しいな。けど、安心してくれ」


 俺はにんまりと笑って彼女に告げた。


「俺は治癒系のスキルを持ってる。腕が吹っ飛んでも治せるぞ! 即死しないかぎりは絶対に助けてやるからな!」


「「…………」」


 なぜか二人揃って俺をジト目で見つめていた。


 その瞳に宿る感情が、まるで畜生でも見るようなのは気のせいかな?


 重症負っても治せるよ! だからそこまで気張らなくていい! ってつもりで言ったのに……。


「最初から先輩に慈悲なんて期待してませんでしたが……想像以上にぶっ飛んでますね」


「アビゲイルも昔の自分に教えてあげたいです。本当の意味で一番ヤバいのは……ネファリアス様だと」


「失礼な奴らだな……っと、ちょうどいいタイミングだ」


「え?」


 二人が首を傾げた瞬間、ガサガサと近くの茂みが揺れた。


 姿を現したのは、数体の狼のモンスター。


 最初の相手としては、弱すぎず強すぎない。まさにベストな敵と言える。


「ささ、二人とも剣を構えて。モンスターは手加減も待ってもくれないぞ」


「「ッ!?」」


 慌てて二人が武器を構える。


 俺は二人の後ろに立って指示を出す。


「敵は複数だ。まずは分断が最適。フィオナのほうが経験はあるし、アビゲイルは一体だけでいいぞ」


「ちょっ!? ひ、酷くないですか、ネファリアス先輩!」


「お前が外でモンスターを狩ったことがあるのは知ってるぞ~。精々頑張れ。傷ついても治してやるから」


「この……鬼畜ぅぅぅぅ!!」


 叫び、それが引き金になってモンスターたちが地面を蹴った。




 戦闘が始まる。


 俺に言われた通りに、まずはフィオナが前に出た。


 あえて先頭の一匹を回避し、後続のモンスターへ攻撃を仕掛ける。


 すると、先頭の一匹はフィオナを無視。さらに正面にいたアビゲイルのもとへと向かう。


 残った後続のモンスターは、逆にフィオナを囲んでいた。


 アビゲイルとモンスターがぶつかり、乱戦になる。


「くっ!」


「アビゲイル、防御一辺倒になってるぞ。防御に徹するのは悪い考えじゃないが、相手の行動パターンはしっかり記憶しろ。隙を積極的に狙っていくんだ」


「は、はい!」


 相変わらずアビゲイルは実戦でも消極的だ。


 狼の爪、突進などの攻撃を精一杯剣でガードしてる。そのせいでなかなか攻撃に転ずることができない。


 片やフィオナは、


「フィオナ! 相手は複数なんだから大技はやめろ! 一対一を作りにいくか、全体が見えるように戦え!」


「わ、わかってますけど~!」


 経験があり、なまじ能力も高いがゆえの傲慢さが見える。


 平たく言えば動きが大雑把だ。あれではそのうち痛い目に遭うぞ。


 両者の欠点を逐一指摘しながら、二人の戦闘が終わるのを待つ。


 幸いにも、アビゲイルもフィオナもモンスターに勝つこと自体はできた。


 終わった頃には、


「つ、疲れた……」


「疲れました……」


 と揃って地面に腰を落とす。


 体には複数の傷跡が見えた。


 深い傷はひとつもない。かすり傷が大半だ。


 それでも痛そうだったので、俺はすぐに治癒スキルで二人を治す。


 薄緑色の光が二人の体を覆い、あっという間に怪我は消えた。


「お疲れ様二人とも」


 一応、頑張った二人に労いの言葉をかける。


 そのタイミングで、——がさり。




 再び茂みから物音がしたのだった。

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