第137話 新人vs新人
やや生意気な新人、フィオナとアビゲイルの模擬戦が始まろうとしていた。
両者揃って中庭に集まる。
「二人とも準備はいいかな?」
俺が声をかけると、木剣を手にした二人は、
「問題ありません! いつでもいけます!」
「……本当にやらないとダメですかね?」
と、それぞれ異なる返事を返した。
「アビゲイルはあんまり乗り気じゃないね」
「はい。アビゲイルは平和主義者です。それに、負けるとわかっているのに挑む意味が……」
「騎士にはやらねばならぬ時がある。お前だってそれは目の前で見ていただろ?」
「やらねば……なるほど。たしかにアビゲイルはその言葉の意味を知っています」
お互いに同じ光景が脳裏を過ぎったはずだ。
彼女と共に走った冷たい廊下。その先にいた恐ろしく膨大な魔力を持つ——悪魔。
俺はともかく、あのとき、悪魔を前にしてもイルゼたちは逃げなかった。
騎士とは、勇者とはそういうものなのだ。
命を賭してでも戦わなきゃいけないときがある。
それを、訓練とはいえ放棄しては逃げ癖が付く。——という俺の言葉の意味を、アビゲイルが理解する。
「やれそう?」
「はい! たとえ負けるとしても、アビゲイルは必ず意味を勝ち取ります」
「なんだか詩人だね」
そういうの嫌いじゃないよ。
改めてアビゲイルの瞳に明確な闘争心が宿る。
それを見て、
「それじゃあ、二人とも武器を構えてくれ。——始めっ!」
俺は試合開始の合図を下す。
先に動いたのは経験者たるフィオナ。
地面を蹴ってアビゲイルに迫る。
猪突猛進だ。フェイントとか不規則な動きとか、そういうのはなしで真っ直ぐに向かう。
上段に構えた剣を振り下ろし、アビゲイルの脳天を狙った。
「ッ!」
アビゲイルはその攻撃を辛うじて防御する。
これまでエリカとの訓練で相当ボコボコにされていたからね。なかなかの反射神経だ。
「今のを防ぎますか……やりますね。もっと速くいきますよ!」
宣言。からのフィオナの速度が上がった。
見たかぎりフィオナのほうがレベルは上か。
ガンガン木剣を振っては、アビゲイルの防御を崩そうとする。
対するアビゲイルは、攻撃するという意識はない。
真剣な表情でひたすらフィオナの攻撃をガードしていた。
……極端な試合だな。
フィオナは攻撃一辺倒だし、逆にアビゲイルは防御一辺倒だ。
これでは模擬戦というより、ただの稽古。打ち合いにしかならない。
リナリーからフィオナの話は少しだけ聞いていたが、まさかここまで暴れ馬だったとは……。
「どうしました? 防御が徐々に甘くなっていますよ!」
「ッ! まだ……まだぁ!」
ガンッ!
そこで初めてアビゲイルが攻めに転じる。
防御から一変、フィオナの攻撃を弾いた。
わずかにフィオナの体勢が傾く。
彼女自身、まさか自分の攻撃が弾かれるとは思ってもいなかったのだろう。
目を見開き、しかし——そこからさらに連撃を繋ぐ。
アビゲイルは結局、相手の動きを見るなり攻撃の手を止めた。
普段、エリカの攻撃を防御しまくってるだけあって、判断だけは早い。
再びフィオナの猛攻が始まり、それをアビゲイルがひたすら受けるだけの時間が始まった。
こうなるとアビゲイル側は弱い。ほぼ一方的にボコボコにされ始めた。
なまじ体力と集中力の限界だな。
その後、粘ったアビゲイルは体力が尽きて敗北となった。
▼△▼
「私の勝利です!」
木剣を高々と掲げたフィオナが、誇らしげに笑う。
対するアビゲイルは、息も絶え絶えに膝を突いた。
「ハァ……ハァ……」
「お疲れ様、二人とも。面白い試合だったね」
俺はタオルと飲み物を持って二人に近づく。
「はい、タオル。汗を拭くといいよ。飲み物はこっちね」
「ありがとうございます、ネファリアス先輩」
「あ、ありがとう、ございます……」
一番激しく動いていたであろうフィオナが元気で、防御ばかりしていたアビゲイルのほうが疲れている。
これはレベルの差もあるが、フィオナの体力が多いってのもあるな。
「どうでしたか、先輩! 私、ちゃんと言われた通り勝ちましたよ?」
フィオナが猛烈に感想を求めてくる。
俺は素直に答えた。
「そうだね……二人とも新人にしては優秀だと思う」
「そうでしょうそうでしょう! 私もアビゲイルさんにはびっくりしました。まさかあそこまで攻撃を防がれるなんて」
フィオナは俺からの評価を満足げに受け取る。
だが、俺の話はまだ終わっていない。
「うんうん。アビゲイルはエリカとの鍛錬をよく頑張っているね」
「毎日のように痛めつけられてますから……」
あはは、とアビゲイルが遠い目をする。
団長……やりすぎはよくないっぽいですよ。
「たしかにアビゲイルは防御という面においてはフィオナに負けていなかった。長い試合になったのがその証拠だよ。けど……アビゲイル、君は守りにこだわりすぎた」
「……え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます