第136話 条件

 翌日。


 アビゲイルと一緒に朝食を摂っていると、背後からものすごい視線を感じた。


「あ、あの~……ネファリアス様」


「言わんとすることは解る。だが、あえて無視しろ。噛み付かれるぞ」


「噛み付かれるんですか!?」


「猛獣だからな……アイツは」


 振り向かなくても誰がこちらを見てるかなんて解る。


 ——フィオナだ。


 アイツはここ最近、ずっと俺やアビゲイルのことを観察している。


 おまけにアビゲイルには喧嘩を吹っかけて上下関係を決めようとしてるし、かなりの問題児だ。


 こういう血気盛んな奴が大好きなエリカは、「いいじゃない。盛り上がるのは成長に繋がるわ」とかなんとか言って止めようともしない。


 普通に考えて、剣士としての訓練を早くに積んだフィオナのほうが、初心者のアビゲイルより強い。力量差的にはそこまで開いてないからこそ、余計に危険だった。


 実力が近いと、手加減ができなくなる。


 下手にアビゲイルに怪我されても俺が困る。


「でも、私、あの人とも仲良くなりたいです。この騎士団に所属する仲間ですから!」


「おお~! アビゲイルも成長したなぁ……少し前はあんなんだったのに」


「ネファリアス様は私のなんなんですか……そりゃあ少しは成長しますよ。色々ありましたからね」


「悲劇がアビゲイルを強くしたってところか」


「いえ、悪いことばかりではありませんでしたよ?」


「ん?」


 熱っぽい視線をアビゲイルから感じる。


 彼女はくすりと笑って言った。


「ネファリアス様と出会えました。それはアビゲイルにとっての幸運です」


「……そりゃあ、過分な評価をありがたいね」


 俺だってアビゲイルを救えたことは誇らしい。


 彼女からの信頼を受けるのもまた、嬉しかった。


「けど、いくら褒めても訓練メニューは少なくならないぞ」


「むっ! 最近は少しずつ慣れてきて平気になりました! 馬鹿にしないでくださいね!」


「ほほう。むしろ量を増やしてほしいと?」


「そこまでは言ってません! 死にます!」


「ギリギリじゃねぇか……」


 見栄を張るなっての。


 見栄は自分の首を絞めるだけだぞ。


 嬉しいのは最初だけだ。時間が経つごとに辛くなってくる。




「——先輩!」


 バン。


 勢いよく目の前のテーブルが叩かれた。


 腕が伸びるのは俺の背後から。


 ちらりと横目で後ろに並んだ後輩を見る。


「朝から元気だな、フィオナ。急にどうした。癇癪か?」


「癇癪じゃありません! ズルいです! 私も先輩と一緒に朝食摂りたいのに! アビゲイルさんとばっかり食べてる!」


「お前も混ざればいいじゃん」


「気まずいんですよ! それくらい察してください!」


「めんどくさ」


「あうっ! 先輩ってそういうとこありますよね……オブラートに包んでください」


「俺はエコな男だからな」


「意味わかんないです」


 やれやれ、とフィオナが腕を引っ込める。


 どうでもいいが、お前の体が俺の背中に当たってる件はいいのか?


 胸も当たってるぞ? 当ててんのか?


「それより、何の用だ。そろそろ早朝訓練が始まるぞ」


「その相手を誘いに来たんです!」


「相手?」


 フィオナは真っ直ぐにアビゲイルのことを見つめていた。


 まさか……またか?


「お前……またフィオナと戦いたいって言うのか? よくないぞ、弱いものいじめは」


「弱いものいじめ!?」


 そこでお前が反応するのか、初心者アビゲイル


「たしかに私がアビゲイルさんと戦えば、間違いなく勝ちます。私は彼女よりずっと長く訓練してきましたから」


「すごい自信だなおい」


「けど、それでもアビゲイルさんと私は実力が近いのもまた事実」


 へぇ……。


 意外なところで素直じゃん、フィオナ。


「だからお互いに切磋琢磨できると思うんです!」


「本音は?」


「アビゲイルさんを倒してネファリアス先輩に稽古をつけてもらう!」


「なんでつけてもらえること前提なんだよ」


 驚くほど初耳なんだが?


 でも面白い提案ではある。


 そこまでフィオナがムキになるなら、彼女に稽古くらいつけてやってもいい。


 フィオナもそれなりに伸び代あるしな。


「……まあいいか」


「え!?」


「つけてやるよ、お前に稽古」


「本当ですか!? 嘘とか後で言ったらエリカ団長に泣きつきますからね!?」


「他力本願じゃねぇか」


 よくそんな顔で言えたな。


 コイツは間違いなく大型新人だ。


「嘘じゃないよ。別にそれくらい構わない。ただし、こっちからも条件がある」


「条件?」


「まず一つ。アビゲイルと一対一で勝利すること」


「解りました」


「二つ。アビゲイルと定期的に稽古すること」


「稽古、ですか?」


「アビゲイルには圧倒的な実力者より、お前みたいな近い相手と訓練するほうが合っている。さっき切磋琢磨がどうのこうのって言ってただろ?」


「それはそうですが……解りました」


「三つ。訓練メニューに文句言うな」


「…………」


「一気に不機嫌になったな」


 顔で判るぞこの野郎。


 完全に俺のことを信用していなかった。


「だって……ネファリアス先輩のことだから、きっと意味不明な内容になるじゃないですか」


「信頼度ゼロやんけ。ちゃんと育てるさ。けど、俺は俺なりの方針でいく。もしかしたらエリカ団長より厳しいかもしれないぞ?」


「うぐっ……じょ、上等です! 三つ目も呑もうじゃないですか!」


「OK。なら話は成立だ。アビゲイルもフィオナの面倒を見てやってくれ」


「あ、アビゲイルがですか?」


「なんで私が面倒見られる側なんですか!?」


「お前のほうが年下じゃん……年上は敬えよ」


「古臭いです」


「人の心を刺すな」


 フィオナの頭をぺちぺちと叩きながら、問答無用で話をまとめる。


 さてさて……どう育てるべきかな?

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