第135話 もう一人の新人
昼。
地面に倒れたアビゲイルを見下ろして、
「お疲れ様、アビゲイル。よく頑張ったね」
と伝え、返事すら返せない彼女のそばから離れた。
すると——、
「ネファリアス先輩!」
訓練のあと、後ろから声をかけられる。
振り返ると、桃色髪の少女が視界に映った。
「フィオナか。どうしたの」
彼女の名前はフィオナ。
アビゲイルの少し前に第三騎士団に入ってきた新人だ。
この騎士団では別段珍しくもない平民の騎士。
「アビゲイルさんのことです! なんですかあの人! ズルいです!」
「ズルい?」
「あの人だけいきなりエリカ団長に訓練の相手をしてもらったり、ネファリアス先輩に構ってもらえたり……羨ましいです!」
「あー、そうか。お前は入ったばかりだし、アビゲイルのことは知らないのか」
実は彼女、新人すぎて前のノートリアスの件には同行できなかった。
帰ってきたらいきなり団長や俺と親しい新人が入ってきたので、内心穏やかではないだろう。
彼女の目線に立ってみればそれがよく解る。
「あの人は前に先輩たちが行った……ノートリアス? から連れて帰ってきたんですよね?」
「ああ。機密情報になるからお前にはあまり話せない……こともないが、いろいろワケありなんだ」
「それは察しますが、やっぱり羨ましいです……私もエリカ団長やネファリアス先輩に稽古とかつけてほしいです!」
「俺に?」
「はい! ネファリアス先輩は第三騎士団最強の騎士だとエリカ団長が仰ってました!」
「エリカのやつ……」
適当なこと言いやがった。
たしかに俺とエリカが本気でぶつかれば俺が勝つだろう。それは俺自身も解る。
だが、仮にも騎士たちを率いる団長が部下より弱いなんて伝えるのは間違っている。
皆がエリカの強さを信じているのだ。そこに余計な亀裂は必要ない。
「いいか、フィオナ。よく聞け」
「? なんですか?」
「たしかに俺は強い。まあそこそこ強い」
「超強いでしょ! 私聞きましたよ。ネファリアス先輩が騎士団に入団するとき、他の騎士たち全員をボコボコにして入ったって!」
「それも団長に?」
「いえ、今のはジークさんとリナリーさんに聞きました」
「アイツら……」
新人、というか後輩に余計なことを吹き込まないでほしい。俺の評価が下がるじゃないか。
おまけに俺はボコボコになんてしてない。その後で団長にボコられたくらいだ。
「その話は忘れてくれ。アイツらの冗談だ」
「でも他の人も訊いてみたら同じこと言ってましたよ?」
「他の奴にも聞いてるんかい」
コイツとの会話疲れる……悪い奴じゃないんだけどな。
「まあいい。それより話を戻すぞ」
「はい」
「俺はたしかに強い。フィオナから見たら余計に最強に見えるのかもしれない」
「そこそこですね」
「いちいち口を挟むな」
っていうかそこそこなのかよ。
コイツ以外と図太い奴だな……。
「とにかく、それでも団長のほうが強い。そう思っておくべきだ」
「結局、それって自分のほうが強いって認めてるようなものでは?」
「ああ言えばこう言う奴だな、お前。無視するぞ」
「先輩って意地悪ですね」
ペチン。
フィオナの頭を叩いた。
「いたっ! 何するんですか先輩!」
「生意気な後輩の指導も先輩も務めだ」
「そういうの時代錯誤って言うんですよ」
「そうでもないだろ」
「今は褒めて伸ばす時代です!」
「実はお前転生者だろ」
「転生?」
「いや、なんでもない」
本当に面白い奴だな。
でも、彼女の相手をしてると休む時間がなくなる。
そろそろ別の奴にでも押し付けて……おっ。ちょうどいいところにちょうどいい人物を見つけた。
手を振って話しかける。
「おーい、リナリー! ナイスタイミング! ちょっとこっち来てくれて~」
「? ネファリアス? ……とフィオナ?」
「こんにちは、リナリーさん」
「こんにちは。どうしたの二人とも」
「ちょっとコイツと雑談をな。生意気なこと言ってるからいっちょ〆てやってくれ」
「え? ど、どういうこと?」
いきなりの注文にリナリーが困惑する。
逆にフィオナは俺にジト目を向けてきた。
「コイツが同性であり尊敬するリナリー先輩に稽古をつけてほしいってさ」
「私に?」
「ネファリアス先輩……リナリーさんに押し付けましたね? 私を」
「そんなことない。リナリーは結構強いぞ~? 同じ女性同士のほうが通じ合える部分もあるだろ。な、リナリー」
ちらりとリナリーのほうを見る。
彼女は顔を赤くしてもじもじしていた。
「ね、ネファリアスが私のことを褒めてくれた……!? えへへ……」
「リナリー?」
「——はっ!? な、なんでもない! なんでもないから!」
「? そうか。とりあえずフィオナの相手を頼む。俺はめんどくさいからパスで」
アビゲイルの相手をして疲れてるんだ。リナリーのほうが気楽だろうしね。
「むぅ……リナリーさんが稽古つけてくれるのは嬉しいですが、ネファリアス先輩も……」
「俺はちょっと用事があってな。また今度」
ばばっと手を振りながらその場を立ち去る。
背後から、恨めしそうなフィオナの声が聞こえた。
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