第134話 鬼畜な二人
カーン。カーン。カカーン。
中庭で乾いた音が断続的に響く。
ちょうど団長エリカとアビゲイルが打ち合いをしていた。
手にした木剣が何度も何度もぶつかり合う。
「くっ! うぅ! はっ!」
エリカはひたすら防御する。
一方的に打ち込んでいるのはアビゲイルのほうだった。
別に彼女が強いとか、エリカが防戦一方なわけではない。
エリカはアビゲイルの体力を伸ばすために防御に徹している。
何度も打ち込ませることにより、より実戦的な動きをアビゲイルに覚えさせようとしているのだ。
すでに打ち合いを始めてそれなりの時間が経った。
アビゲイルの額には大粒の汗が滲んでいる。
体力も限界だろうに、がむしゃらに木剣を振ってはエリカにガードされていた。
「違うわよアビゲイル! もっと多角的に攻めなさい! 攻撃が単調になると相手に手を読まれるわよ!」
「は、はいぃ!」
指摘を受けながら彼女は訓練を続ける。
吐きそうな顔で必死に木剣を振っていた。
「……彼女、頑張るわね。これまで貴族令嬢だったのによくやるわ」
「本当にね。ジークとかにも見習ってほしいよ」
「アイツ、要領がいいのが腹立つのよねぇ……」
リナリーが露骨に不機嫌そうな舌打ちをする。
気持ちはわかるがジークが可哀想だよ。
……そうでもないか。
「きっとアビゲイルは伸びるわ。筋もいいように見える」
「あのエリカ団長が教えてるくらいだしね。もしかするとリナリーもすぐ超えられちゃったりして」
「むっ……! それは聞き捨てならないわね。エリカ団長を除いたら、騎士団で最強の剣士は私よ!」
「知ってる。けどアビゲイルも頑張ってるしね」
「ぐぬぬ……私だって頑張るわよ!」
休憩もそこそこに、リナリーが他の騎士たちに絡みにいった。
リナリーもしっかりと訓練を積み重ねている。努力型だ。
恐らくアビゲイルが彼女を超えることはないだろうが、少しずつでも強くなっている。
それが、誘った俺も嬉しかった。
「ちょっとネファリアス! こっち来て!」
「ん? なんですかエリカ団長」
二人の様子を見守っていると、急にエリカに呼ばれた。
彼女たちのほうへ向かう。
「ハァ……ハァ……ハァ……え、エリカ団長の鬼……」
「あーら、訓練メニューを倍にされたいのかしら?」
「ば、倍!? 死ぬに決まってるじゃないですか!」
「ならその無駄な口を早く閉ざすことね」
二人のそばによると、ニコニコ笑顔でエリカが辛辣なことを言ってた。
アビゲイルはものすごい荒い呼吸を繰り返している。
「それよりネファリアス」
「はい」
「アビゲイルの相手を頼めるかしら」
「え? 俺がですか?」
「ええ。ずっと彼女の相手をしてたから流石に疲れちゃって」
「アビゲイルも休ませてくださいよ!?」
アビゲイルが声を荒げる。
「なに言ってるのよ。私はあなたの相手以外でも自主訓練してたんだからダメに決まってるでしょ。もう少し我慢しなさい」
「も、もう少し……?」
「少なくとも昼までは頑張りなさい」
「死ぬ! ネファリアス様! アビゲイル、エリカ団長に殺されてしまいます!」
がしっ。
必死の形相で俺の服を掴むアビゲイル。
その目には涙が浮かんでいた。
「アビゲイル、落ち着いて」
「ネファリアス様……!」
彼女は俺の中に希望を見出す。
しかし、残念ながら俺は希望などではなかった。
「人は簡単には死なないよ。もう少しくらい耐えられるって」
「鬼ぃ! 悪魔ぁ! どうしてそんなにアビゲイルに酷いことができるんですか!?」
「失敬な。俺はただの部下だよ? 団長に逆らえるはずないだろう?」
「ちゃっかり私の責任にしたわね、あなた」
「事実ですし」
俺は悪くない。
あくまでエリカに命令されたから仕方なくだ。
困ってるアビゲイルが可愛くて虐めたくなったりはしていない……。
「まあなんでもいいけどね。とにかく次はあなたが適当に揉んであげなさい」
「適当でいいんですか?」
「ええ。あなたから一本を取る——それを目標に剣を振れば少しは成長できるでしょ」
「意外と大雑把ですね」
「もともと私は槍使いだし、剣の相手は苦手なのよ」
「わかりました。あとはお任せください」
アビゲイルを王都に連れてきたのは俺だ。しっかり責任くらい持つよ。
手を振ってエリカが中庭の休憩スペースへと向かった。
それを見送ってくるりとその場で反転する。
「それじゃあアビゲイル、俺と一緒に訓練しようか。剣を持って」
「ほ、本当にまだやるんですか? すでにアビゲイルの体力は残っていないんですが……」
「立っていられるなら問題ない」
「ナチュラルに鬼畜ですね、ネファリアス様は」
「まあまあ。頑張れば強くなれるよ、早く」
「……それを持ち出されると弱いです」
渋々ながらもアビゲイルは木剣を構えた。
やっぱりまだ体力あるじゃん。
俺も木剣を構えて彼女の攻撃を待つ。
大きく息を吸って、彼女は地面を蹴った。
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