第133話 大切な親友たち
夕陽が完全に傾くまでの間、聖女スカディはひっそりと居住区の端で時間を潰した。
一緒にいる動物たちのおかげで暇になることはない。
しかし、ふと異端審問官たちのことを思い出すたびに体が震える。
それは明確な恐怖だった。
日常が変わったことへの動揺も含まれる。
「……意外と堪えるものね、環境が変わると」
自分は耐えられる人間だと思っていた。
けれど、いざ窮地に立つとこんなにも弱い。
動物たちがいなければきっと心が先に潰されていただろう。
寄り添ってくれる彼らを抱きしめながら、さらに時間が経過する。
周りがすっかり暗くなってきた頃。
遠くから一羽の鳥がやってきた。
「あれは……!」
数時間前に手紙を持たせた鳥だ。
真っ直ぐにこちらへ向かってくる鳥の下には、二つの人影があった。
目を凝らさなくても誰が来たのかわかる。
「二人とも! 来てくれたのね!」
「スカディ!」
二人組のひとり、栗色の髪の女性がスカディに抱きつく。
衝撃を受けながらも、頑張ってスカディは耐えた。
「よかったぁ……スカディの所に異端審問官が現れたって聞いてびっくりしたんだよ~」
「ごめんなさい。何も言わずに飛び出してきちゃって」
「ううん。スカディは悪くない。急に異端審問官の連中が来たら誰だって逃げるよ!」
「そう思うなら少しは声を抑えなさい。周りの目があるのよ」
もう一人の黒髪の女性が栗色髪の女性に厳しい言葉を投げた。
「うっ……ご、ごめんなさい……」
「ふふ。私は二人が来てくれてすごくホッとしたわ。気にしないで」
「それで、スカディはなんで異端審問官なんかに詰め寄られているの? 聞いた話によると、聖女を偽った罪とかなんとか言ってたけど……」
「私にもよくわからないわ。クロエは何か知らない?」
「知ってたら質問してないわよ」
「そうよね……リーリエは?」
「私? 私はねぇ……ぜんぜん知らない。なんか新しい聖女が生まれたかもって話は聞いたけど」
栗色髪の少女リーリエが、かなり核心に迫る答えを出した。
クロエは首を傾げる。
「新しい聖女? ありえないわ。聖女のギフトを得たのはスカディよ? 他の聖女が同じ国に生まれるわけ……」
「でも、スカディを犯罪者に仕立て上げたってことはそういうことだよね?」
「……そうね。本当に聖女が見つかったのかどうか、ためしに明日、聞き込みにでも行こうかしら」
「危険だよ! ただでさえスカディの知り合いってだけで目をつけられそうなのに、聖女様の情報を探ろうだなんて……」
「私もリーリエの意見に賛成だわ。二人にそんな危険な真似はしてほしくない」
「じゃあどうするの? まさか自分が聖女だと証明するために異端審問官に捕まる?」
「そんなことしたら間違いなく殺されちゃう!」
クロエもリーリエも、スカディが捕まることには反対だった。
友人とはいえ、心の底から自分を信じてくれる二人にスカディは感謝する。
「ありがとう、クロエ、リーリエ。もちろん私は異端審問官に捕まったりはしない。でも、ちゃんと自分の無罪を証明してみせる!」
「どうやって?」
「ひとまず情報を集めて味方も増やさないと。最悪、この国を捨てることになるかもしれないけど……」
「ということは、聖王国を出てどこかへ行くのね」
「うん。さしあたっては王国かな? もう勇者様が誕生してるし、私が聖女だと証明できればきっと仲間になってくれるはずよ」
「勇者……たしかに一番可能性が高そうに感じるわ。あそこには信用できる騎士もいるし」
「エリカ団長ね。前に一度だけ彼女とは話したことがある。私も彼女なら信用できるわ」
「じゃあみんなで一緒に王国へ行こっか! 善は急げだよ!」
ぴょんぴょん、と飛び跳ねながら能天気にリーリエがそう言った。
スカディが首を横に振る。
「ダメよ、リーリエ。あなたとクロエはお留守番。ここから先は私ひとりで行くわ」
「却下ね。あなたひとりでどうにかできる問題を超えているわ。今はひとりでも仲間がほしいんでしょ?」
「そうそう。僕たちは偶然にもみんなギフト持ちだし、きっと協力すればどんな困難だって乗り越えられるよ!」
「二人とも……」
「まさかここでお別れなんてさせるわけないでしょ。私たちはずっと一緒に頑張ろうって約束したんだから」
「……ごめんね、クロエ、リーリエ。私も、二人が一緒だと心強い」
本当はスカディとて嫌だった。
別れたくなかった。
でも、自分といると二人を不幸にする。だから離れようとした。
しかし、二人は危険を承知でついてきてくれるという。
故郷すら捨ててでも自分を選んでくれた。
そのことがスカディの心に熱を与える。
「もう……こんな所で泣かないでちょうだい。ほら」
クロエに抱きしめられる。
必死に声を押し殺して彼女の胸元で涙を流した。
必ず二人を不幸にしない。自分が本物の聖女であると証明する。
それをスカディは決意した。
人生初めての旅が始まる。
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あとがき。
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