第131話 努力家な元令嬢
ノートリアスを覆う闇は晴れた。
新たにアビゲイルという仲間が加わった俺たち第三騎士団は、次の任務に向けて激しい訓練を行っていた。
▼△▼
「ハァ……ハァ……ハァ……も、もう無理……」
ばたりとアビゲイルが地面に倒れる。
現在、俺と彼女は騎士団の詰め所内にある訓練場にいた。
周りには他にも、騎士団に所属するメンバーたちが激しい訓練に精を出している。
「もうギブアップかしら、アビゲイル」
汗だくで倒れたアビゲイルを見下ろすのは、我らが第三騎士団の団長エリカ。
腰に手を当てて笑っている。
「さ、さすがに……新人に、課す、量じゃ……ありません、よね」
「そんなことないわ。ウチに入ってきた新人は代々これくらいこなすわよ。ねぇ? アビゲイルの前に入った新人さん?」
「俺ですか」
エリカがくすりと笑ってこちらを見る。
「ね、ネファリアス……様は、新人?」
「ん~……そうだね。順番的にはアビゲイルの前になるかな?」
「卑怯、です!」
「なんで」
「ネファリアス様は、最初から凄いじゃないですか! それに……ギフトあるし……」
ぶすーっとアビゲイルが頬を膨らませる。
たしかにギフトの有無は大事な要素だ。あるとないとでは、肉体能力に大きな差が生まれる。
「なに言ってるのよ。ウチのメンバーでギフト持ちはごく少数よ。ほとんどのメンバーがしっかり基礎をこなしているんだからアンタも頑張りなさい」
「そりゃあ、頑張りますけど……エリカ団長が鬼すぎて……」
「何か言ったかしら?」
にっこ~。
エリカの圧が込められた笑顔が炸裂する。
アビゲイルはぴくりと動きを止めて、
「い、いえ! アビゲイルは頑張らせていただきます!」
バッと敬礼した。
急いで彼女は立ち上がる。
「よろしい。やる気があるようで何よりだわ。最近の新人は根性あるわね」
「俺と同じ扱いでしごくと彼女が死にますよ」
「わかってるわよ。ネファリアスは昔からある程度鍛えていたしね」
「初耳です! それなのにアビゲイルと同じ扱いだったんですか!?」
「まあね。最初から厳しくすればアンタもすぐ慣れるでしょ? それが人間のいいところよ」
「き、鬼畜……」
「何か、言った、かしらぁ?」
「なんでもありません!」
アビゲイルも徐々にエリカとの付き合い方がわかってきたな。
楽しそうに訓練に励む様子を眺めながら、俺も木剣を振る。
いくらレベルを上げたほうが成長すると言っても、基礎を疎かにはできない。
こういう要素で差をつけていかないとね。
焦らず地道にコツコツと、だ。
「ねぇ、ネファリアス」
「ん? リナリー?」
一生懸命に木剣を振っていると、後ろから同僚のリナリーが話しかけてきた。
一旦、素振りの手を緩める。
「どうしたの」
「あの子、アビゲイルさ——アビゲイルの調子はどうなの? やっていけそう?」
リナリーはアビゲイルを呼び捨てにした。
直前、敬称を付けそうになったのは、最初の頃はそう読んでいたからだ。
俺も同じ。アビゲイルに、「もう敬称は必要ないので呼び捨てにしてほしい」と言われたから今では慣れたが、最初の頃は敬称を付けていた。
「うーん……そうだね……悪くない、かな。意外と素直だし、なんだかんだ言って諦めない心の強さがある。いまのところサボる様子もないしね」
「うへぇ……あの人って元貴族令嬢よね? なんであの訓練内容についていけるのかしら」
「いい子ってことじゃないのかな?」
「適当すぎ。答えになってないわ」
「そう? いい子だからサボらない。いい子だから続けられる。存外、彼女は周りの環境にさえ恵まれれば、努力して誰かのためになれる人間なんだよ」
少なくとも俺はそう思う。
すでに本来辿るはずだった悪役ルートからは逸れた。
そこからどう進むのかは、彼女次第だ。
そして、今の彼女は生き生きしているようにも見える。
「ふーん……なんだかネファリアスは、アビゲイルのことになると妙に語るわね」
「え? そ、そんなことないと思うけど……」
露骨だったかな?
彼女はゲームだと主人公イルゼの敵だ。
俺もコントローラーを握って戦った覚えがある。
しかし、それだけに救われたあとの彼女には強い思い入れがあった。
それがリナリーの言う〝語る〟に繋がっているのは確かだろう。
「あるわよ。私にはぜんぜん優しくないのに……」
「リナリーにも優しくしてるつもりだよ? というか、俺は人の顔見て態度を変えたりしないと思うけど……」
「私にくらい変えなさいよ! ということで、稽古に付き合ってちょうだい」
「稽古? もしかしてそれが目的かな?」
リナリーは木剣を構える。
にやりと笑った。
「そっ。正解。嫌だったりする?」
「ぜんぜん。ちょうど相手がほしいと思っていたところさ」
俺も彼女に向けて木剣を構える。
同時に地面を蹴る直前、背後からアビゲイルの叫び声が聞こえてきた——。
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あとがき。
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