四章
第130話 異端
チュンチュン。
建物の外から小鳥の囀りが聞こえた。
それに耳を傾けていると、次に聞こえたのは足音。
小さな足音じゃない。
ドタドタという複数の、それでいて大きな足音だった。
すぐに目を開けるひとりの女性。
彼女の眼前に、一匹のクマとオオカミが映った。
「グオオオオ!」
「グアアアア!」
二匹が亜麻色髪の女性に飛び掛かる。
女性は目を見開いたあと、避けることも叶わず——。
「きゃあああああ!」
二匹の獣に押し潰されてしまった。
地面を転がり、しかし笑顔を浮かべてからからと笑う。
「も……も~! 二人ともいきなり押し倒してこないでって言ったでしょ~? ダメよ? 人間はあなたたちほど頑丈じゃないんだから、下手すると危険だわ!」
わしゃわしゃと二匹の毛を撫でながら、亜麻色髪の女性は説教を始める。
だが、クマもオオカミも女性の言葉を無視してぺろぺろと顔を舐めた。
話どころではなくなる。
「わわわっ! くすぐったいよ~。ちょ、やめて……!」
二匹は止まらない。
愛おしそうに女性に甘える。
女性のほうも、それはそれで嬉しそうに笑っていた。
いくら怒ったところで、その顔では意味がない。
——彼女の名前はスカディ。
王都から北に移動した先にある聖王国の聖女である。
聖女とは、勇者の仲間のひとりに与えられるギフト。
その能力は、授かった聖女ごとに異なる。
彼女の場合は、あらゆる生き物に愛されるテイマーとしての能力を持っていた。
現在、彼女にじゃれている二匹も、ただの動物がスカディのギフトの影響で聖獣へと進化している。
通常の動物はおろか、モンスターすらもはるかに凌駕する能力を持つ。
「う~……二人のせいで顔がベッタベタだよ~……この後、しっかり神様に祈りを捧げないといけないのに、これじゃあ失礼じゃない?」
二匹の動物に「めっ!」と叱責を浴びせる。
聖女としての能力で意思疎通は図れるはずなのに、クマもオオカミも不思議そうに首を傾げていた。
その様子を見てスカディは全てを諦める。
これはいつものことだ。
だいたいスカディが先に折れて二匹に遊ばれる。
しかし、今日は大事な日だ。
何か大きく自分の日常が変わりそうな予感がした。
それに……。
「それに、近日中には勇者様が聖王国に来るっぽいし、私がちゃんとした聖女だって伝えなきゃ!」
グッとスカディは拳を握り締めた。
聖女は勇者と共に各地のモンスターを討伐して回ったりする。
それが歴代聖女に課される役割だ。
旅の半ばで死んだ者もいるため、決して不安がないと言えば嘘になるが……。
今代の勇者はすでに初任務を終えている。
話によると、悪魔を名乗った強大な敵すら退けたという。
たとえ他に仲間がいたとしても、実に頼りになる話だとスカディは思った。
何より彼女には家族がいる。
クマやオオカミを筆頭にたくさんの仲間がいた。
だから怖くない。恐れずに前に進める。
「……あ、そう言えば……勇者様の仲間には、特別強い剣士様がいるって聞いたわね。もしかすると聖女みたいな特別なギフトを持っているのかしら?」
思い出したのは勇者関連の話。
ノートリアスの件で必ず囁かれる謎の剣士のことだ。
これまで歴代の勇者の仲間に、そんな頼れる剣士の話はなかった。
今代は特別かもしれない。もしかすると魔王が復活するかもしれない。
そう聞いていたスカディは、わずかに恐怖を抱きながらも——、
「大丈夫。たとえ魔王が復活しても、私たちなら……ね?」
希望はそこにあった。
彼女は折れない。
自らの役目に誉れを持っているがゆえに。
「——って、そうだったそうだった。早く神様へ祈りを捧げないと!」
時間が押している。
そのことに気付いて、急いで彼女は講堂へと向かった。
すると、講堂のほうで誰かの話し声が聞こえる。
ふと扉の前で立ち止まり、他のシスターたちの声に耳を傾けた。
「な、なぜ……なぜこのような場所に異端審問官の皆様が……?」
「(異端……審問官!?)」
スカディは、自分の背筋が震えるのがわかった。
仮に自分に関係ないとしても、彼らの存在は名前を聞くだけでも不安になる。
——異端審問官。
国の法律の一部、特に宗教関連の法を犯した者を拘束、あるいは処罰するための存在だ。
彼らの仕事は荒事になることもある。それゆえに、構成されるメンバーの大半がギフトを持っているとか。
国でもトップクラスの戦力だ。
「(なんで異端審問官が教会に? 誰かが不正でも働いていたの?)」
異端審問官を人々が見る機会は限りなく少ない。
仕事内容が宗教関連に傾いているため、そもそも動員される機会がほとんどないのだ。
それゆえに、彼らが姿を見せたということは——確実に何かがあるという証拠。
そしてそれは……思いがけない内容だった。
「我々の用事は聖女スカディにある。あの女は……聖女の名を語る不届き者だ! 即刻、捕縛の後に処刑する!」
———————————
あとがき。
前回書き忘れてましたが、今回の話から新章に突入です。
名前を付けるなら……『二人の聖女編』でしょうか
※※※※※
新作
『原作最強のラスボスが主人公の仲間になったら?』
現在、総合週間ランキング6位!
応援してくれた人、ありがとうございます!!
よかったらまだの人も応援してね⭐︎
作者のモチベーションに繋がりやす!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます