第127話 ただのアビゲイル
大都市ノートリアスを覆っていた暗闇は消えた。
俺と勇者イルゼ、それに騎士団長エリカの手で闇は討たれた。
関わっていた者たちの処罰は、伯爵令嬢であるアビゲイルの告発により順次行われていく。
当然、その中には、地下施設運用に協力していた彼女の父親——ノートリアス伯爵の名前もあった。
まったく事件に関与していなかったアビゲイルだが、父親が大犯罪に加担していたという件は揉み消せない。
街の住民たちからは白い目で見られることになるだろう。
だから……俺は彼女にひとつの提案をした。
「あのー……アビゲイル様?」
人の腕をぎゅうっと抱きしめる彼女に声をかける。
アビゲイルは楽しそうに笑いながらこちらを見上げた。
「はい。なんでしょうか、ネファリアス様!」
「なぜ俺の腕を抱きしめているのでしょうか。歩きにくいから離れてください」
「そんな……! アビゲイルはただの一般人です。こんな薄暗い森の中で歩いていたら、あっという間にモンスターに食べられてしまいます!」
「近くには俺以外の騎士もいるんですが?」
現在、俺たちが並んで歩いているのは、大都市ノートリアスから真っ直ぐ王都へ続く森の中。
たしかに彼女が言うとおり周りは自然に囲まれていた。
街中ではないため、外にはたくさんのモンスターが生息している。
だが、わざわざ俺に抱きつく必要はない。
多少なりとも離れて歩いたところで、何十人という騎士が守ってくれるだろう。
「アビゲイルはネファリアス様に守ってほしいのです! ダメですか……?」
うるうる。アビゲイルの嘘泣きが発動する。
「ダメっていうか……そもそも俺に敬称は不要ですよ。様なんて仰々しい」
「そんなことありません。今のアビゲイルはただのアビゲイル。騎士団に所属する貴族子息のネファリアス様には敬称が必要かと」
「……自分が提案しといてなんですが、本当にそれでよかったんですか? 名前も、爵位も、家も、故郷も捨てて」
彼女は俺の提案を呑んだ。
全てを捨ててでも自分たちと共に王都へ来るかと訊ねたら、迷う素振りもなくそれに食いついた。
たしかに住民たちから白い目で見られることになるだろう。
彼女の未来はやや暗い。
それでも、何もかもを即決で捨ててきた彼女は、そんな未来を迎えるよりはるかに不安になったはずだ。
「構いません。寂しいと言えば嘘になりますが、父がやった責任は、爵位やお金でしっかりと支払うべきです。どうせ何も残りません。父も処刑が決まる。命で責任を取らなくてはいけない……だから、むしろ感謝したいくらいなんです」
彼女は依然、俺に抱きついたまま無理してでも笑う。
「ありがとうございます、ネファリアス様。アビゲイルを外に……あなたのそばに連れ出してくれて」
「アビゲイル様……」
それは単なる同情だった。
彼女は悲劇の悪役だったから見捨てられなかった。
まるで本来のネファリアスを見ているような気分になって。
「いい話のところ悪いんだけど……君たちちょっとうるさい」
前方から勇者イルゼの苦言が飛んでくる。
「ひ、酷いですわ……! イルゼ様がアビゲイルを虐めます!」
「虐めてはないけどね!? さっきからずっとイチャイチャイチャイチャ……一応、まだ任務中なんだよ? 帰るまでが遠足なんだから!」
「任務中じゃなかったんですか、勇者様」
「エリカは黙っててくれ!」
「はいはい……」
ツッコミを入れたエリカの声は軽く弾かれる。
ああだこうだと勇者がうるさかった。
周りからも苦笑があがる。
「ハハハ! 勇者殿は人肌恋しいらしい。エリカ団長はちょうどフリーじゃなかったかな?」
「え? でもエリカ団長ってネファリアスのことが好きなんじゃ……」
「——はぁ!? だ、誰よ! 今おかしなこと言った奴! 名乗りあげなさい!」
「…………」
シーン。
騎士たちは揃って口を閉ざした。
エリカがブチ切れる。
「あ……あんたらねぇ! 別に私はネファリアスのことなんて好きじゃ……嫌いでもないけどそういうんじゃないわよ————!!」
キ————ンッ。
エリカの叫び声が周囲に響き渡る。
高レベルなだけあって恐ろしい声帯を持っていた。
その場の騎士たちは全員が耳を塞ぐ。
顔を真っ赤にしたエリカに対して、
「……ツンデレ?」
などとさらに冗談を口にした。
ぶちり。
今度こそエリカの堪忍袋の緒が切れる。
誰もがその音をハッキリと耳にした。
「ふ、ふふ……よーくわかったわ。あんたたち……まだまだ元気そうね? ちょうどいいから王都に帰るまでの間、たっぷりとモンスターと戦ってもらおうじゃないの」
「えええええええ!?」
何人もの騎士から嘆きの声があがる。
それを無視してエリカはささっと前に進む。
このままでは大量のモンスターの相手をさせられると思った騎士たち。
彼らはエリカに謝罪しながらそばへと寄った。
それを見送って、俺はくすりと笑う。
「みんな馬鹿だなぁ」
隣ではアビゲイルも同じように笑っていた。
———————————
あとがき。
そろそろ三章終わります!
新作
『原作最強のラスボスが主人公の仲間になったら?』
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