第126話 正義感の行方

「……ネファリアスくん」


 施設内で大量の資料に目を通しているとき、ふいに、そばにいた勇者イルゼが俺に声をかけてきた。


「どうしました、勇者様」


 あくまで資料に目を通しながら彼の話に反応する。


「君はどうして、そこまで強くなれたの? 君はどうして、何の躊躇もなく彼らを殺せたの?」


「それは……また難しい質問ですね」


 勇者が俺に何を求めているのかわからなかった。


 その上で自分なりの答えを返す。


「俺が強くなれたのはギフトのおかげです。あと妹。実験体に使われたモンスターを殺せるのも、邪魔してきた連中を殺せるのも、を決めているからです」


「優先順位?」


「はい。俺にとって助けたいものに優先順位をつける。つけた者のためならそれ以外を切り捨てる。そういう覚悟で仕事に臨んでいます」


「それはいつから?」


「最初から。力を求めたそのときから変わりません」


 最初は家族だった。


 家族を守るために盗賊たちを殺した。


 そこに後悔はないし、何度人生をやり直しても同じ選択をするだろう。


 今回の場合は、アビゲイルたちを守るために実験体や護衛たちを殺した。


 やはりそこに後悔はない。自分が間違っているとも思っていない。


「そっか……ネファリアスくんは強いね」


「そうでもありませんよ。逆に、それくらい徹底しないと自分の理想を貫けない。もしかすると優先順位があやふやだったら、俺は誰も殺せなかったかもしれません」


「ううん、強いよ。僕は迷ってしまった。彼らを殺すことも、彼らを救うことも」


 勇者イルゼの声には深い悲しみが込められていた。


「そのくせ、怒りに任せて攻撃した。冷静さを失ったことで、逆に彼らを殺すことができた。どれだけ理不尽な連中だろうが、一方的に虐殺していいわけがないのに」


「違いますよ、勇者様」


「え?」


「あなたは勘違いをしている。人間は平等ではない」


 生まれながらにそれは決まっている。


 成長するにつれて変わってくる。


「今回の件で言えば、研究員や実験体になったモンスターに救いの道はなかった。資料を見ればそれがよくわかります。彼らを助ける手段はない」


「で、でもそれは、今だから言えたことで……もしかしたら救える方法があったかも……」


「たしかに、戦っていた時点ではその可能性もあります。けど、そのために自分や仲間を危険に晒すことが正しいと?」


「ッ……正しく、ない」


 勇者イルゼは俺が言いたいことを理解した。


 抱いた怒りと疑問を引っ込める。


「でしょう? どちらにせよ誰かが犠牲になるなら、あなただって迷いなく彼らを殺したはず。それが答えですよ」


 全てを救える者はいない。必ず犠牲が生まれる。


 そういう世界にいて、そういう連中を相手にしている。


 今回が初陣だからね。勇者の気持ちも理解できる。


 彼は彼で苦しんだ。救いの手を差し伸べてほしいのだろう。


 だが、訊いた相手が悪かったね。


 俺は最初から命の優先順位を設定して剣を振るう。


 自分の理想のためなら平気で人を殺せるし、理想のためならすべてを裏切れる。


 だから、彼が求める答えは出してあげられない。


 俺自身がそれを望まないかぎり——。




「……命の、優先順位……」


 勇者イルゼは俺の言葉を反芻した。


 そこに救いを求めるかのように、その後は静かに考え続ける。


 果たしてイルゼが出した答えとは……どんなものだろうか。


 俺はそれを訊くような真似はしない。ただ静かに、資料に目を通していくのだった。




 ▼




 しばらく全員で手分けをしながら資料を漁ると、回収作業はそれなりに早く終わった。


 研究員たちがわかりやすく資料を保管していたおかげで、回収にそう時間がかからなかった。


 数時間も経つと、全員が同じ場所に集まる。


「私たちが集めた資料はこれくらいかしら。ネファリアス、持っててくれる?」


「了解しました」


 エリカやイルゼ、アビゲイルから受け取った資料を次々にインベントリへ突っ込む。


 改めてこのスキルがあってよかった。


 大量にある資料もすべて保管しておける。


「ちなみにこっちだと、領主が関わっていた決定的な証拠を見つけたわ。かなり厳重に保管されていたけどね」


「となると……」


 ちらりとエリカの隣に並ぶアビゲイルを見る。


 彼女は俺と目が合うなり、にこりと笑った。無理をしている笑顔だ。


「はい。父も犯罪者ということになりますね。お手数をおかけしますが、ネファリアスさんたちにこの件はお任せします」


「……わかりました。地上に出て、次はアビゲイル様のご自宅に向かいましょう。そこに伯爵もいるはずです」


 この都市の衛兵は信用できない。


 王命を受けている俺たちが直接出向いたほうがいいだろう。


 こんなときのための指示書ももらっている。


「すべてを、終わらせるときです」


 本来待ち受けるはずだった悲惨な未来を完全にへし折るために、俺は彼女の未来を閉ざす決意をした。


 その代わりに——。




———————————

あとがき。


新作投稿しましたー!

『原作最強のラスボスが主人公の仲間になったら?』

よかったら応援してね⭐︎

作者のモチベーションに繋がりやす!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る