第125話 勇気ある決断

 仮面を付けていた男が自殺を試みた。


 隠し持っていた毒物を自らに打ち込む。


「コイツッ!」


 死なせるわけにはいかなかった。


 急いで治癒スキルを発動する。


 しかし、治癒スキルはあくまで外傷を治すための力だ。


 体内を巡る毒物を浄化するための能力じゃない。


 必死に男の命を繋ごうとしても、根本的に毒が残り続けるため意味がない。


 仮面の下で男が苦しむ。


「ぐ、ふっ……ははは! 残念ながら、私を止めることは……できないようだね」


 男が倒れた。


 仮面がズレる。


 内側にあったのは素顔は、酷く火傷で爛れていた。


 次第に男の体が小刻みに震える。


 最期の時が近付いていた。


「お前……! 自分だけ逃げるなんて卑怯だぞ!」


 勇者イルゼが、俺と同じように治癒スキルを発動させるが、二つあっても効果に変化はない。


 イルゼもまた、他者の毒物を消し去るタイプのスキルを持っていなかった。


「ふふ……私は……」


 男は何かを言い残そうとするが、まともに口が動かないのか、何も言えなかった。


 そのまま大量の血を噴き出して絶命する。


 もう、ぴくりとも動くことはなかった。


「……死んだか」


 治癒スキルを解除する。


 イルゼの怒りがハッキリと感じられた。


「ふざけるな……責任も取らないまま逃げるなんて……!」


 イルゼも能力を解除すると、強く拳を握った。


 ここで何があったのかまでは知らないが、俺と別れている間にいろいろと経験したらしい。


 俺はちらりと背後に控えるエリカに視線を伸ばした。


 すると彼女は、首を横に振る。


 後で説明するから今はイルゼを放っておいてくれ、といったところか。


 ひとまず立ちあがった。


 振り返ってもうひとりの侵入者を見る。


「アビゲイル様、ご無事ですか」


「は、はい……皆様のおかげで」


 アビゲイルは短時間の間にいろいろなものを見た。


 そのせいでやや混乱している。


 それでも受け答えはハッキリしていたのでまともに会話は成立した。


「すみませんが、アビゲイル様にはもう少し付き合ってもらいます。まだ調べないといけないことがあるので」


「アビゲイルは構いませんが……その、ここで一体何があったんですか?」


「それは……」


「——人体実験、だってさ」


 苦しそうに内心でもがいていた勇者イルゼが、会話に混ざる。


 ちらりと彼のほうへ視線を向けた。


 表情は未だ暗い。


「人体、実験……?」


「人とモンスターを組み合わせた実験をしていたんだ。今まで戦ったモンスターはすべてそのサンプル」


 イルゼも立ち上がる。


 彼はアビゲイルのことを睨んでいた。


「何か心当たりはないの? ここまで大きな犯罪が放置されていたんだよ? 間違いなく君の父親は今回の件に関与している!」


「勇者様」


 俺はイルゼを止める。


 恐らく彼は、アビゲイルに詰め寄っている。


 どうしようもない気持ちを彼女にぶつけ、責任の追及がしたいのだ。


 本来、されるべき者たちは揃って死んでしまったのだから。


「あ、アビゲイルは何も知りません。何かを知りたくてここに……」


「それは本当ですか? あなたみたいな人が何も知らなかったってほうが——」


「イルゼ」


 後ろからエリカにも声をかけられる。


 さすがにイルゼも言い過ぎたと思ったのか、悔しそうな顔で視線を逸らした。


「……すみません。言い過ぎました」


「いえ……お気持ちはよくわかります。その上で答えるなら、アビゲイルも勇者様と同じ考えです。この施設に父が関わっている証拠があるはず。それを探せば……」


「アビゲイル様はいいんですか? それは実の父親を犯罪者にするということです。ここで目を瞑れば、少なくともあなたの暮らしは……」


「ダメですよ。アビゲイルはたしかに傲慢でワガママな令嬢だったかもしれません。周りの人たちに構ってほしくていろいろやってきました。けど、それとこれとは話が違う。住民の皆さんに話すべきことです。許されないことです!」


 アビゲイルはハッキリと自分の父親を非難する。


 仮にアビゲイルの父が黒幕のひとりだとしたら、その娘である彼女はきっと、今後まともな生活は送れない。


 犯罪者の娘だと後ろ指を指され、酷い暴言や暴力にも晒される。


 それはちょっと不快だった。


「アビゲイルは逃げません! 探しましょう。そのお手伝いはします! アビゲイルだってこのままのうのうと生きていくために、貴族として生まれたわけではありませんから!」


 彼女の瞳には強い覚悟が宿っていた。


 それを見た勇者イルゼも、彼女の決意にそれ以上の文句は言えなくなる。


 エリカと俺が賛成し、四人で手分けして施設内の資料を探すことになった。


 途中、邪魔を受けながらも俺たちは次々に——この施設の闇を暴いていく。


 アビゲイルの表情は、時間が経つごとに曇っていった。




———————————

あとがき。


新作投稿しましたー!

よかったら応援してね⭐︎

作者のモチベーションに繋がりやす!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る