第121話 悪魔の力
勇者イルゼの一撃を受けてもなお平然としているスーツの男。
男の表情には余裕があった。
「何なのよ……アイツ」
「相当強いね。あれ、僕の全力の一撃だったのに」
ギリリ、と勇者イルゼは奥歯を噛み締める。
現状、スーツの男はエリカとイルゼより強い可能性があった。
「今代の勇者はこんなものか……殺すにはちょうどいいな」
スーツの男はそう言うと、すっと姿が消えた。
イルゼの背後に回る。
「ッ!」
男は素手でイルゼを攻撃しようする。
その一撃を、エリカが槍でガードした。
ガ————ンッッッ!!
おおよそ素手による攻撃を防いだとは思えない衝撃音が響く。
「簡単にやらせるわけないでしょ」
「ほう……さすがは第三騎士団の団長だな。それなりにやる」
続けてスーツの男が蹴りを放った。
今度は槍でガードしない。
相手の力を手で受け流して逸らした。
ネファリアスが使った柔術によく似ている。
「イルゼ!」
「わかってるよ!」
大きく攻撃を逸らされたスーツの男は、蹴りを放った状態で隙が生まれた。
距離も近い。
これで攻撃を外すほうが難しいだろう。
勇者イルゼは剣を握り締めて光を放つ。
モンスターにとっては致命的な光だ。
スーツ姿の男はわずかに眉を上げてイルゼの一撃を受ける。
光に包まれてはるか後方へ吹き飛んだ。
「ふう……今度はしっかり当たったね。少しはダメージが入ってると嬉しいんだけど……」
「油断しないで。後ろにはあの男もいるのよ」
じろりと自分たちの背後に立つ飄々とした男をエリカが睨んだ。
しかし、男は両手を上げて降参のポーズをとる。
「いやいや。あいにくと私は非戦闘員。実験体の管理がメインの仕事でしてね。アナタ方に敵うはずもない」
「その言葉を信じろと?」
「疑り深い人だ。いいんですか? 私に気を取られている間に、彼に負けてしまいますよ」
「エリカ!」
男の言葉に合わせてイルゼが叫ぶ。
正面に視線を戻すと、舞い上がった煙の先からスーツ姿の男が現れる。
あれだけの出力を受けても平気らしい。
服はボロボロになっているが、晒された皮膚には軽度の火傷しか負っていない。
問題は、その皮膚が黒いこと。
人間とは思えぬほど黒かった。
「あれは……どういうこと?」
「黒い皮膚……僕の攻撃を受けても平然としている力……まさか!?」
エリカより先に勇者イルゼが相手の正体に辿り着く。
片やスーツ姿の男は、わずかに焼けた皮膚を見ながら苛立っていた。
「チッ! 忌々しい攻撃だな……これだから勇者というのは嫌になる」
「イルゼ。あなた、アイツに何か心当たりがあるの?」
「うん。というかエリカも知ってるはずだよ。聞いたことくらいはあると思う」
「どういうこと?」
やや重苦しい空気の中、勇者イルゼはごくりと生唾を呑み込んでから言った。
「あのスーツ姿の男は……伝承に出てくる悪魔だよ」
「あ、悪魔!? かつて人類と戦争をしたっていう太古の種族じゃない!」
「そうだね。僕も勇者になってから教えてもらったことだからあんまりよくは知らないけど、相当強かったらしいよ」
「まさか生き残りがいたなんて……」
団長エリカもまたごくりと生唾を呑み込んだ。
目の前の相手が悪魔である証拠は目の前にある。
自然と空気が悪くなるのを感じた。
「何を驚く必要がある。人間ごときが本当に俺たち悪魔を滅ぼせるとでも思ったのか? 生き残りは俺以外にもいる。また、混沌の時代がやってくるのだ!」
スーツ姿の男——悪魔は、けらけらと笑って上着を破り捨てた。
黒い皮膚が今度こそハッキリと晒される。
「ちなみにお前たちはここで殺す。実験体に利用しようかとも思ったが、俺の正体を知った以上は生かしておけない。覚悟することだな」
「それはこっちの台詞だよ。人間じゃないなら、なおさら手加減しない。全力で浄化してやるっ」
イルゼの魔力量が跳ね上がった。
全身を黄金の魔力が覆う。
「先ほどは全力と言ってなかったか? まだ力を隠していたとはな……面白い!」
悪魔もまた魔力を上げる。
二人は同時に床を蹴った。
激しい戦いが始まる。
悪魔は基本的に素手による格闘を好む。
そこにスキルを組み合わせて攻撃してくるが、勇者はひたすらに剣で相手の攻撃を捌いた。
イルゼは近接格闘が使えない。
悪魔に比べて手数の少なさで押されていく。
その隙を埋めたのがエリカだ。
エリカは槍を使って勇者イルゼに近付かせないよう工夫する。
相手の連携力の高さに悪魔は悪態を吐く。
「ふん、面倒な連中だ……さっさと殺されろ、人間!」
さらにさらに魔力が跳ね上がる。
悪魔は底なしかとエリカの脳裏に不安が過ぎった。
それでもモンスターに対する特効効果を持つ勇者の攻撃は、相手に負けていない。
二つの光が激突し、何度も何度も弾ける。
やがて勇者たちが押され始めると、悪魔はダメージ覚悟で攻撃一辺倒になった。
徐々に苦しみが口をつく。
——そんなとき。
勇者たちがやってきた通路から、二人の男女が現れた。
悪魔もイルゼたちも同時に動きを止める。
現れた男女は……。
「ね、ネファリアスくん?」
途中で別れたネファリアスと、伯爵令嬢のアビゲイルだった。
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