第120話 強敵

 団長エリカと勇者イルゼの猛攻により、仮面の男が用意したモンスターたちはすべて倒された。


 次は男を無力化する。


 そう思って動き出そうとした二人の耳に、ふと足音が聞こえた。


 ——コツコツ。コツコツ。


 床を叩くその靴音は、男の背後——通路の奥から聞こえてきた。


 同時にイルゼとエリカがそちらへ視線を伸ばす。


 視界に仮面の男と同じ黒い服装——スーツを着た男が映った。


 その瞬間、二人の背筋に悪寒が走る。


「————ッ」


 咄嗟になぜか二人は後ろへ下がった。


 武器を構えた状態で新たな敵の出現を感じる。


「誰……あなた」


 緊張感の込められた声でエリカがもう一人の人物に声をかける。


 現れたスーツの男は、じろりと鋭い視線をエリカたちに向けた。


 しかし、エリカたちの質問には答えない。


 続けて、近くにいた仮面の男へ視線が移動する。


「……これはどういう状況だ。説明しろ」


「見たとおりですよ。どうやらこの施設に侵入者らしいです。果たして進入したのが彼女たちだけなのかは知りませんが」


「侵入者……チッ。警備の連中は何をしている」


「さあ。彼らは気ままですからね。それで言うとウィリアム博士は殺されてしまいました。少しだけ今後の計画に修正案が必要かと」


「なに? ウィリアムが?」


 その言葉を聞いた途端、スーツ姿の男の体から膨大な量の魔力が溢れ出た。


 それを感じ取った瞬間、イルゼもエリカもじんわりと汗をかく。


 本能が目の前の相手をまずいと理解した。


 わずかに後ろへ下がる。


「俺の計画を邪魔したのはお前らか……! 面倒なことしやがって……」


 男は苛立っている。


 血のように赤い瞳を再びイルゼたちに向けると、そこでふとあることに気づいた。


「……うん? お前の顔、どこかで見覚えがあるな」


「件の勇者ですよ。王国に生まれたっていう」


「勇者……そうか、貴様が今代の勇者か! くくく……苛立つことばかりだったが、ようやくツキが回ってきたな」


 男は凶悪な笑みを浮かべた。まるでご馳走を前にした肉食動物のごとく。


 魔力はさらに跳ね上がり、まずいと二人が思った瞬間——スーツの男が目の前にいた。


 勇者イルゼの前に立つ。


「なっ!? はや——」


 勇者イルゼが咄嗟に回避行動を取る。


 しかし、勇者イルゼより男のほうが速かった。


 握られた拳が振るわれる。


 ギリギリガードは間に合ったが、勇者イルゼの体が冗談のように吹き飛ばされた。


 ガードの外からダメージを入れられる。


 地面を何度もバウンドしながら壁に激突。


 壁を破壊して床に倒れた。


「イルゼ!? ッ! なんて力なの……」


 イルゼがたった一発でやられた。その事実にエリカは極限まで集中力を張り詰めさせる。


 すぐにスーツの男は床を蹴った。


 またしても瞬間移動みたいな速度でエリカの前に現れると、凶悪な拳を振って攻撃を行う。


 身構えていたからこそエリカはその攻撃を回避できた。


 見切れないほどの速度じゃない。


「いけるっ!」


 エリカは反撃を行う。


 スキルによる身体能力の増加を発動させ、全力で槍を振った。


 男はその一撃を片手で掴み止める。


「!? わ、私の一撃を……片手で……」


 どれだけ力を込めても槍はビクともしなかった。凄まじい膂力だ。


「これが勇者とその仲間の実力なのか? お前の顔にも覚えがあるぞ」


「王都にある第三騎士団の団長ですね。王国ではかなり有名ですよ」


 後ろのほうで仮面を付けた男がもうひとりの男に説明する。


「そうか。見覚えがあると思ったらあの忌々しい第三の……お前らのせいで、前にも苦い思いをしたからな。ここで手折っておくか」


 スーツの男は拳を握る。


 振り上げた拳をエリカの顔面に落として——その攻撃が当たる直前、逆に男の顔面に攻撃が炸裂する。


 ——勇者イルゼだ。


 黄金の光をまとった剣を男の顔に叩き込む。


 咄嗟にスーツの男は体を後ろに仰け反らしてその一撃を回避した。しかし、体勢が悪い。


 掴んでいたエリカの槍からも力が抜けている。その隙をエリカは見逃さない。


 状況を瞬時に理解した彼女は、無防備になったスーツの男を全力で蹴り飛ばした。


 ガードすることすらできずに男は吹き飛ばされる。


「ナイスエリカ! いい蹴りだね」


「イルゼこそよく無事だったわね。てっきり気絶してるのかと」


「気絶しそうになったよ……アイツ、ヤバいくらい強い」


 床に着地したイルゼが、悔しそうに正面奥を睨んだ。


 エリカはイルゼが無事だったことに胸を撫でおろし、すぐに槍を構えなおす。


 倒れた男は服についた汚れをパンパンと叩き落としながら立ち上がった。


 特にダメージを受けている様子はない。


「やれやれ……あれでは死なんのか。やはり勇者は侮れないな」


「くすくす。ぜんぜん本気じゃないでしょうに」


「まあな」


 スーツの男からさらに魔力の反応を感じる。


 先ほどまでの状態でも震えるほど魔力が多かったのに、そこからまだ上昇していた。


 エリカもイルゼもドン引きである。


「何なの……アイツ」

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