第115話 勇者の力

「なんて……なんてことを!」


 剣を握り締めた勇者イルゼが、目の前のモンスターを見て叫ぶ。


 そのモンスターは確実に人間としての自我が残っていた。


 それは人間であることを意味している。


「? どうかしたかね? その実験体が喋ったのがそんなにおかしいか?」


 対するウィリアムは、首を傾げて不思議そうにしている。


 その態度がなおのことイルゼの怒りを煽った。


「私は言ったはずだ。人間をより高位の存在に変えると。人が魔獣たちに勝てる世界を目指すと。そのためには人間らしい意思が必要になる。ただの機械を量産したところで、それは人間らしい社会とは言えない」


「外道が! それのどこが人間なんだ!」


 勇者イルゼが走る。


 一息でウィリアムのもとへ迫るが、やはり実験体と呼ばれたモンスターが妨害してくる。


 剣を振っても強靭な腕でガードされてしまった。


「くっ!」


「やれやれ……これだから知能の低い人間は困る」


 目の前で剣が弾かれたというのに、ウィリアムの表情に困惑の色はない。


 心底残念そうにため息を吐いていた。


「大局を見たまえ。彼らの犠牲が人類のためになる。たかが数十、数百、数千の犠牲で人類全体が幸せを噛み締めることができるのだ。それは間違いなく善行と言えるだろう」


「人の犠牲の上に成り立つ平和なんて、僕は認めない!」


 モンスターの猛攻を凌ぎながら勇者イルゼは勇敢にウィリアムへ攻撃しようとする。


 そこへ団長エリカも混ざった。


「そうね。あなたの戯言を聞くのは飽きたわ。さっさと地獄に落ちなさい!」


 一対一では互角だったモンスターも、二対一になった途端、形勢が傾く。


 ことスキルを持ち得ないモンスターでは、二人の猛攻は凌げなかった。


 徐々に体に傷を負っていく。


「チッ! 人類の未来がどれだけ不安か知らぬ猿共め……! お前らのようなゴミは、この私が正してやろう! 実験体をもっと解放してやる!」


 ウィリアムはそう吐き捨てると部屋の奥へ逃げていった。


 慌てて二人は追いかけようとするが、血まみれのモンスターがその往く手を阻む。


「ウゥ……ヤダァ!」


 どこか子供っぽい声に勇者イルゼと団長エリカの心が痛む。


 しかし、全ては彼らを救うため。


 恐らく洗脳を受けているか、それに準ずるスキルによって縛られているのだろう。


 吐きそうな気持ちをぐっと抑えて勇者イルゼの剣が光を帯びる。


 団長エリカは何も言わない。ただ深い悲しみのこもった眼差しでモンスターを見つめた。


 勇者イルゼが攻撃する。


 モンスターは光に呑み込まれていった。


 凄まじい衝撃と風圧が起こる。


 モンスターの低い断末魔が響き渡り——光のあとには何も残っていなかった。


 完全にモンスターは蒸発した。


「来世では……幸せな人生を送ってね」


 勇者イルゼが死んだモンスターに願う。


 その呟きは虚しいものだったが、決して無意味ではない。


 そう信じて二人はさらに先を目指した。


 部屋の奥に逃げたウィリアムを発見する。


「もう観念しなさい。この部屋の中に逃げ場はないわよ」


 エリカが槍を構えて降伏を命じる。


 だが、ウィリアムの表情にはいまだ笑みが張り付いていた。


「ひひひ! 誰が逃げると言ったかね? むしろ戦いはここからだろう?」


 そう言ったウィリアムの近くから複数のモンスターが姿を見せる。


 どれも先ほど戦ったモンスターのように、人間のような形をしていた。


 それでいて顔や腕が奇形。


 明らかにウィリアムの実験で生まれた悲しき存在だとわかる。


「安心しろ! お前らも捕まえて実験体にしてやる! お前らくらい強い素体なら、きっと人類の繁栄に役立つはずだ!」


 ウィリアムが叫び、それを合図にしてモンスターたちが動き出した。


 一斉にイルゼとエリカに襲いかかる。


 だが——。


「邪魔だよ」


 勇者イルゼの刃が彼らをまとめて吹き飛ばした。


 握り締める剣を黄金色の魔力が覆う。


 その光が部屋を照らし、暖かくモンスターたちを包んだ。


「な、なんだ……なんなんだその光は!?」


「全てを浄化する神の光。裁きの時間だ」


 勇者イルゼが剣を構える。


 エリカは勇者に手を貸さない。


 エリカは知っていた。勇者の能力はモンスターに対して非常に効果があることを。


 それは勇者のギフトがもたらす恩恵のひとつ。


 勇者が持つスキルは、モンスターへの特攻効果を含んでいる。


「グアアアアア!!」


 モンスターたちが諦めずに攻撃を仕掛ける。


 ウィリアムの命令には逆らえない。


 自分のもとへ殺到する複数のモンスターに、勇者イルゼは涙を流しながら剣を振った。


「さようなら。ごめんね」


 浄化の光がモンスターたちを包む。


 たったの一撃ですべてのモンスターが倒された。


 あとに残るのは、腰がくだけたウィリアムだけだ。


 ウィリアムは中空を舞う黄金色の魔力を仰ぎ、勇者イルゼの正体に気づいた。


「ま、まさか……王国に誕生したという勇者!?」


 時すでに遅し。


 ウィリアムの長い人生に幕が閉じる瞬間だった。

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