第116話 不快な男

 ウィリアムがけしかけてきたモンスターをすべて倒したイルゼ。


 それを見て、魔力の色を見て、ウィリアムは遅れてイルゼの正体に気づく。


「ま、まさか……王国に誕生したという勇者か!?」


「そのまさかさ。お前たちはやりすぎた。僕が手ずから粛清する」


 剣を強く握り締めるイルゼ。


 その肩にエリカの手が添えられた。


 ぴくりと動きを止める。


「待ちなさい、勇者様」


「エリカ……僕を止めるの?」


 いまの勇者イルゼは怒りで理性が外れている。


 じろりと隣に並んだエリカを睨むが、彼女は首を横に振った。


「別に止めたくて止めるわけじゃないわ。その男から情報を引き出さないと」


「現行犯だろ、これはもう。訊く必要も感じない」


「他にも何かしてる可能性はあるわ。この男が知ってることは私たちも知っておくべきよ」


「わ、私は何も喋られんぞ! 何も知らん!」


 この期に及んでウィリアムがみっともなく足掻く。


 しかし、エリカもエリカでかなり怒りが溜まっていた。


 容赦なく喚くウィリアムの足を槍で貫く。


「——ギャアアアアアア!?」


 ウィリアムの絶叫が部屋中に響いた。


 エリカは笑みを浮かべて告げる。


「別に知らないなら知らないで構わないわ。その分、あなたが苦しむだけだしね」


「なるほど拷問か……僕はやったことないけど、コイツが相手なら躊躇しないで済みそうだ」


「あら、だったらいい練習になりますね勇者様。次はどうぞ。殺さない程度に」


「任せてくれ。僕には治癒系のスキルがある。簡単には死なないよ。——いや、死ねないよ?」


 くすりと笑って勇者イルゼが剣を構える。


 ウィリアムは絶望した。


 この二人には躊躇がない。


「ま、待ってくれぇ! 話す! なんでも話してやるから剣を下ろせ!!」


「…………チッ」


 勇者イルゼは残念そうに剣を下ろした。


 それを見てウィリアムは明らかに胸を撫で下ろす。


 エリカが直後に訊ねた。


「なら話しなさい。この施設は何のための施設なの?」


「そ、それは……平たく言えば製造所だ」


「製造所?」


「違法薬物。それに違法な品。あとは私が担当するモンスターなどがそれに該当する」


「お前は……自分の行いが非人道的だとわかっていてやってたのか!?」


 勇者イルゼがウィリアムの言葉に強い怒りを見せた。


 エリカが彼を宥める。


「ダメよ勇者様。殺したら何も聞けない」


「くっ! こんな奴……!」


 顔を歪めた勇者イルゼが、くるりとその場を反転。


 どこかへ姿を消した。


 この場にいると自分が暴走しかねないとわかった上での行動だった。


 エリカはイルゼの背中を見送って続ける。


「それで? 誰が命令してるのかしら」


「若い男だ。仮面を付けているから素顔は知らないが、声からして恐らくお前たちと同じくらいだろう。その男が資金も素体も何もかもを用意してくれる」


「若い男? たったひとりで?」


「いや、他にも仲間はいる。この施設を守る警備の連中などが上で住民を攫ってきたりな。薬物関係は知らん。私は自分の実験で忙しいのだ」


「そう……他には何か面白い話はないかしら? 例えば、あなたが気になることとか」


「私が気になること? ううむ……」


 ウィリアムは必死に頭を働かせて記憶を漁る。


 少しして何かを思い出した。


「そうだ! その男は誰かと連絡を取っていた。声までは聞こえなかったが、一度、男が誰かと密室で喋っているのを耳にしたぞ。恐らく相手も男性だ」


「へぇ……もしかしてその男が……」


 エリカの脳裏にアビゲイルの父・ノートリアス伯爵の名前が浮かんだ。


 可能性は余計に高くなった。ここまでのことをしているのだ、領主が知らないわけがない。


「わかったわ。もう結構よ。お疲れ様」


 エリカは躊躇なく槍を抜いた。


 大量の血が噴き出す。


「ガアアアアアッ!? ち、血がぁ!!」


「なに狼狽えているのよ。あなたの実験の犠牲になった人たちは、そうやって叫ぶこともできなくなったのよ? あなたも同じくらい苦しまなきゃ」


「エリカ? なんだか凄い悲鳴が聞こえてきたけど……」


 勇者イルゼがウィリアムの悲鳴を聞いて戻ってきた。


 エリカがにこりと笑って伝える。


「ちょうどいいところに戻ってきたわね。もう聞きたいことはないから、好きにしていいわよ勇者様。この外道に裁きを」


「ああ、もう終わったんだ。よかった。ずっと怒りが抑えられなかったんだ……本当に、よかった」


 勇者イルゼがウィリアムの前に立つ。


 その鋭い視線を受けてウィリアムは体を震わせた。みっともなく懇願する。


「やめ、やめて……やめてくれ!」


「ダメだよ。ちゃんと報いは受けなきゃ。被害者たちが救われない」


 剣を抜いて構える。


 ウィリアムは涙と涎を撒き散らしながら必死に逃げようとする。


 だが、もう部屋の奧だ。逃げ場はない。


「それじゃあさようなら。君の存在は僕の人生で一番の不快さだったよ」


 勇者が剣を下ろす。


 ウィリアムの短い断末魔が響き渡った。




 ——その直後、扉が開かれる。


 二人は同時に背後へ視線を向けた。


 入り口から入ってきたのは……。


 不思議な仮面を付けた人物だった。

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