第114話 狂人

 毒使いの女の首が床に落ちる。


 綺麗な断面を残して肉体のほうも床を転がった。


 最後に女性が浮かべていた表情は、強い疑問。


 どうして俺が自分の毒を受けながらも動けたのか。それに対する謎で満たされていたことだろう。


 答えを教えてあげる。


「……悪いな。俺に毒は通用しないんだ」


 ——状態異常耐性Lv10。


 一度は体に痺れが回ったが、一瞬にして細胞がそれに適応した。


 そのことを知らない女は、自信満々に近づいてきて——。


 一撃だった。新たに床を赤く染め上げる。


「それにしても、まさかこの施設の中に二人もギフト持ちがいたなんてな」


 こんな奴ら、ゲームでは出てこなかった。


 俺が知らない展開になっているのか、滅んだあとのノートリアスには登場しないのか。


 どちらにせよ、あまりにもイレギュラーな状況が多すぎて考えるだけ無駄だな。


 今はコイツらのことより……。


「! な、なんだこれは!? 貴様、何者だ!」


 騒ぎを聞きつけて通路の奥からわらわらと警備兵みたいなのが集まってきた。


 これの処理をしないといけない。


 殺さずに俺も逃げれば、侵入者の情報が他の連中にも伝わるし、そうでなくとも先に行ったイルゼたちとバッティングする。


 しっかり間引かねばならない。


 血を払ったばかりの剣を片手に、俺はゆっくりと走ってくる警備兵たちのもとへと向かった。




 ▼




 ネファリアスが地下施設で大暴れしている頃。


 研究員のひとり・ウィリアムに見つかったイルゼたちは、ウィリアムから興味深い話を聞いていた。


「人間と……モンスターの合成実験!?」


 あまりにもおぞましい内容を聞いて、勇者はおろか団長エリカですら険しい表情を浮かべた。


 ウィリアム曰く。


「そうとも。人間は弱い。神から与えられるギフトがなくては、まともにモンスターを倒すこともできない。モンスターの蔓延るこの世界で生きるには、あまりにも理不尽だとは思わないかね? そこで私は閃いた。モンスターの細胞を人間に移植し、まったく新しい種族を作り出せば、人類がモンスターを淘汰する日もやってくると!」


 それは狂気の実験だった。


「モンスターは生まれながらに強靭な肉体を持っている。その肉体を適応能力の高い人間に移植すればどうなるか。もちろん簡単にいくとは思っていない。失敗作を山のように築いたとも。だが、その犠牲の果てに! 最近はそこそこの記録が出ている。少しずつではあるが、人類はモンスターへの脅威に勝ろうとしているのだ!」


 両手を挙げてウィリアムは歓喜の声をあげる。


 その思考も、喜べる人間性もイルゼとエリカは理解できなかった。


 ひたすらに目の前の研究員が化け物に見える。


「ふざけてる……モンスターと人間を合成する? それは、決して許されない禁忌だ! そもそも実験体になった人たちの了承を得ているのか!?」


 たまらず勇者イルゼは叫ぶ。


 ウィリアムは勇者イルゼの気持ちが理解できず、不思議そうに首を傾げた。


「許されない禁忌? ハッ! 危険を避けながら歩いても人類は進化できない! 遅すぎるのだ! この私の研究こそが正しいと未来の若者たちは知るだろう。そのための犠牲に了承などいらぬ! 素材は上にわんさかいるのだからな」


「まさか……ノートリアスの住民を捕まえて実験体にしてるの!?」


 最悪の答えに行き着いた。


 ありえないと言わんばかりにエリカも叫ぶ。


 しかし、ウィリアムの邪悪な笑みを見て確証を得た。


「ひっひっひ! その通り。外から来た者がメインだがな。さすがに住民が消え続けては街の運営にも差し障る。だが、孤児にはずいぶんと助けられた。奴らはいなくなろうと誰も気にしないからな」


「この……ッ!」


 あまりの外道さにとうとうエリカの堪忍袋の緒が切れる。


 ネファリアスと別れる前に手渡された槍を握り締めて床を蹴る——より先に、勇者イルゼが前に出た。


 腰に下げた鞘から剣を抜いている。


 勇者イルゼはウィリアムに肉薄すると、構えすら取らず乱暴に剣を振った。


 そこに慈悲の心はない。


 吸い込まれるように男の首へイルゼの剣が当たる——直前。強い衝撃を受けて弾かれた。


 キィィッン! と甲高い音が鳴る。


「チッ!」


 イルゼが悔しそうに舌打ちする。


 いつの間にか男のそばには、人間の体をベースにした、それでいて人間とは程遠い外見のモンスターが立っていた。


 体は人間の要素がある。しかし、頭部は変形しモンスターのそれだ。


 どこか苦しそうに刃状になった腕を構える。


 呻きながら奇怪なモンスターはイルゼに近づいて刃を振るう。


 その攻撃を防ぎながら、イルゼは殺意を込めて剣の柄を握り締めた。


 そのとき。




「ぐる……ぐる、ちい……いだい、よ゛ぉ」


「なっ!?」


 奇怪な人型のモンスターが小さく呻いた。


 それは紛れもない……人間としての言葉と自我だった。


 イルゼの中で強い憎悪が形になる。




———————————

あとがき。


近況ノートを書きましたー!

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