第102話 おのれ歓楽街

 アビゲイルとのデートは続く。


 南の通りを最初に、そこから住宅街のある東区、貴族でも使えるようなちょっとお高い店のある北区を周り、最後には西区のほうへ向かう。


 だが、西区へ差し掛かったあたりからアビゲイルの様子が少しだけおかしくなった。


「アビゲイル様? どうかしましたか? 表情が優れないようですが……」


「あ……いえ……この先にある西の通りには、あまりよい店はないので」


「そうなんですか? それにしては……人の出入りが多いように思えます」


 周りを歩く人たちの数は、南の通りにも負けていない。


 それでいて独特の雰囲気のようなものが見られるため、アビゲイルの様子も含めて少しだけ違和感を覚えた。


「ええ。たしかに人の出入りは多いですね。この街でも一番かもしれません。ただ……ここから先に広がる光景は、あまりアビゲイルは好きではないんです」


「好きではない?」


 どういう意味だ?


 あれだけ自分の父親が統治する町並みを自慢げに話していたというのに、その中に好きじゃない場所がある?


 気になる話だった。


 しかし、俺が答えを聞くより先に、煌びやかな町並みが見えてきた。


 それは、俺の予想を超える光景だった。


「こ、これは……」


「あれがノートリアス領の一番の目玉……西区の歓楽街です」


 およそ五十メートルちょっと先に、建物や店が密集してる場所があった。


 南の通りのように周りにはたくさんの店が並ぶものの、南の通りとは雰囲気がまったく異なる。


 歩く人たちの顔色も、わずかに悪い者がいたりと異様だ。それに、わかりやすく肌を露出した女性がそこかしこに見える。


 まるでそれは……夜の街。


 ちょうど陽が落ちて暗くなってきたから余計にそう思った。


 そういう店はどこにもないかと思っていたが、西区のほうに密集していたのか。


「なるほど……アビゲイル様の仰った言葉の意味がわかりました。ここはいわゆる大人のための区画なんですね」


「はい。人にはそれぞれ色々ありますから……それ自体はいいんです。アビゲイルも理解しています」


 それでも、と彼女は続けた。


「それでも……アビゲイルはここが嫌いです。ここは、ただの歓楽街ではありませんので」


「ただの歓楽街ではない?」


 彼女の言い方に引っかかりを覚える。


 彼女はなにを知っているのか。首をかしげて見つめていると、やがてぽつりと小さな声で言った。


「ここでは、犯罪が横行しています。非公認の薬が出回り、人の悪意が寄せられる。証拠は何もありませんけどね。ですが、ネファリアスさん……決して、決してここには立ち寄らないでください。この区域に関しては、アビゲイルですら口を挟めないのですから」


「…………」


 犯罪が横行している歓楽街。


 それはなんて危険な香りのする場所なんだろう。


 おそらく、第三騎士団の調査対象になっている場所はここだ。直感的にもそれを理解する。


 同時に、俺は思った。


 ——ここには何かある。俺が知らない……俺の知ってる未来へ繋がるための何かがここにはあると。


 それだけは妙な確信を持てた。


「ネファリアスさん? 聞いていますか?」


「……はい。解りました。くれぐれも肝に免じておきます」


 ごめんなさい、アビゲイル。


 俺はこの区画にいずれ足を踏み入れる。そのためにこの街にきた。


 しかしそれを伝えれば彼女は猛反対するだろう。余計な情報が敵に伝わる可能性がある。


 だから隠した。笑顔の裏に。


「そうしてください。もしもその……そういう相手が欲しいなら、アビゲイルのほうでメイドなどを用意するのでいつでも聞いてくださいね?」


「あ、アビゲイル様? 何を……」


 急に何を言ってるんだこの人は。


 俺は激しく動揺した。


 しかし彼女は顔を真っ赤にして続ける。


「殿方には、その……我慢できない時があるのは知っています! ですからアビゲイルにお任せください! ——って、もちろんアビゲイルはそんなことしませんよ!? したこともありません! あくまで仲介をですね……!」


「解っています! 解っていますから……どうかこんな往来でおかしなことを大声で叫ぶのはご容赦ください……」


 アビゲイルが興奮すればするほど、声が大きくなって周りからの視線が痛くなる。


 おまけにここは夜の街だ。歓楽街だ。


 そういう目的で現れた人も多く、そういうことが目的で仕事をしている女性や男性もいる。


 ゆえに、周りからの視線がねばっこく俺たちを絡めた。


 アビゲイルは軽い変装をしているので、その存在に気づく者もほとんどいない。


 結果的に言えば、俺が彼女とこれからしけこむところ……と誤解されているのだろう。


 若干、生暖かい目で見られてイラっとした。こんな若い男女が、こんな所にくるはずないだろ!

 もっと健全な付き合いをするわ! ……いや、俺と彼女は付きあってすらいないけど。


「あ……ああ! ごめんなさいごめんなさい!」


 アビゲイルも自分の失態に気づく。


 何度も何度も真っ赤な顔でぺこぺこと謝り、俺たちはすぐにそこから逃げ出した。


 おのれ歓楽街……許さん!




———————————

あとがき。


おのれ歓楽街……そろそろ三章も中間を過ぎて物語がうご……く?



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