第101話 なんでぇ!

「どうですか、このお肉は。なかなか美味しいでしょう?」


 アビゲイルとのデートが始まって早一時間。


 俺と彼女は、複数の護衛騎士を伴ってノートリアスの南通りにやってきていた。


 護衛たちはなかなか優秀だ。アビゲイルの命令に従ってやや俺から距離を離している。その上で駆けつけられるよう一定の距離感を保っている。


 俺と彼女のデートを邪魔しないようにだ。


 対するアビゲイルは、最初こそ何かしらの目的があって俺をデートに誘ったのかと思ったが、本当に純粋に俺の心を染め上げたくてデートしてるのが解った。


 だって、さっきから彼女自身もとても楽しそうだったから。


 手渡され肉串にかぶり付く。


「もぐもぐ……ごくん。たしかに美味しいですね……あの値段でこの味は、王都でもほとんどないかと」


「そうでしょうそうでしょう。これこそが交易都市と言われるゆえんです! この街には常に大量の香辛料などが届いているので、それを安価で民に売りさばいています」


「それでは利益のほうは少ないのでは?」


「意外とそうでもありませんよ。香辛料自体がかなり安く手に入ります。アビゲイルも父から話を聞いただけで詳しくは知りませんが、なんでもお得意様がいるとか。そのおかげで、値段のわりには美味しい! を実現できました。民の表情が明るいのはそのおかげでしょうね」


「素敵なことです。街の良さを知るには、民の表情や暮らしを見るのが一番ですから」


 民あっての国だ。その逆はない。


 平民は貴族や王族のために尽くす。いわゆる税金だな。


 税金を払ってくれる民がいるおかげで貴族や王族は贅沢な暮らしができるのだ。それを返すのもまた貴族や王族の務め。


 その循環こそが豊かな国を、街を作ると俺は考えている。


 どちらか一方になってはいけない。


 その点において、この街は問題なく機能していた。


「ふふ、お褒めいただきありがとうございます。やっぱりネファリアスさんも貴族の出ですか? なんとなく、高貴なオーラを感じますね」


 おっと。なかなか痛いところを突かれたな。


 たしかに俺は男爵家の子息だ。しかしいまは違う。首を左右に振って否定した。


「いいえ……俺はただのネファリアスですよ。貴族ではありません」


 もう俺は家を出た。帰るつもりは今のところない。


 家名を名乗っておいてなんだが、俺があの家に帰るには、もろもろの問題などを片付ける必要がある。


 そうでなきゃ、何かしらの問題を起こしたときに責任を取らされるのは実家だ。


 両親にもマリーたちにも迷惑をかけたくなかった。


 ……今後は、なるべく家名を名乗るのを控えるべきかな? いや、調べればすぐにわかることだ。意味はない。


「そう……ですか。いえ、別にネファリアスさんのことを根堀り葉堀り聞こうと言うわけではありません。誰しも人には言えないことがある。アビゲイルだって……醜い感情を抱いていますから」


「アビゲイル様が?」


「ええ。それはもうどす黒い嫉妬の感情です」


 そう言って彼女は笑うが、その笑みに陰のようなものが差していた。


 なに不自由なく育ち、幸せな日々を謳歌していそうな彼女に……なにか悩みでもあるのだろうか?


 もしかするとその悩みこそが、積もり積もって闇墜ちたした理由になったとか?


 子供は純粋だ。ありえない話ではない。


「……でしたら、せめて今日はお忘れになってください」


「え?」


「いまだけは、俺がその感情を消すための道具になりましょう。どこへでも連れていってください。少しはアビゲイル様の役に立つかもしれません」


「ネファリアスさん……」


 アビゲイルはどこか感動した表情で俺を見つめる。


 ガッと手を掴まれた。勢いがすごい。


「では、ぜひアビゲイルの専属に!」


「それはお断りします」


「なんでぇ!」


 さっきまでのクールな表情はどこへやら。


 急に子供みたいな駄々をこね始めた。


 ぶすーっと頬を膨らませて怒る。


「俺は第三騎士団所属ですから」


「いいじゃないですか、アビゲイルの護衛でも! 贅沢させられるのに!」


「魅力的な提案ですね」


「だったら!」


「でもお断りします」


「だからなんでぇ!」


 ポコポコポコ。


 可愛らしいアビゲイルのパンチが何度も俺に炸裂する。


 だが、彼女に戦う力はない。子供がじゃれているようにしか思えなかった。


「俺には俺の、果たさなきゃいけない役目がありますから」


「……それにアビゲイルが協力すると言っても?」


「そうですねぇ……やるべきことが全て終わったら、そのときは雇われても構いませんよ?」


「え? 本当!?」


 アビゲイルが俺の提案に食いつく。


 なんて勢いだ。情熱的すぎるし、異性相手にするようなことじゃない。顔が近づけられてやや緊張した。


「い、いつになるかは解りませんがね……」


「それでもいいです! アビゲイルは……待ってますから」


 再びアビゲイルがやわらかく笑う。


 その表情のどこにも曇りなんてなかった。悩んでいるようには思えないほど、彼女はまぶしい。




 本当にどうして……あんな変化が起こったのか。


 俺はふいに、彼女を守りたくてしょうがなくなった。




———————————

あとがき。


気付けば本作も100話を超えましたね……どれくらい長く続くのやら

作者すら分かりませんが、これからもよろしくお願いします!



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