第100話 悪役と悪役
アビゲイルに半ば無理やりデートに誘われた。
二度目のお誘いも普通に断ったが、彼女は簡単には諦めなかった。
兵士を連れて俺を囲み、ヤクザのように脅されたので仕方なく従う。
これも一種の情報収集だと思えば逆に俺のほうがツイてるくらいだ。そう思うことにする。
そして約束どおり早朝の訓練を終えて、水を浴びて、着替えて外に出る。
すでに目の前には、訓練を終えた、という報告を聞いていたアビゲイルが立っていた。彼女の満面の笑みに俺の邪な感情も消え去る。
「訓練お疲れ様です、ネファリアスさん」
「お早いご到着ですね、ノートリアス令嬢」
「アビゲイルです。いい加減そう呼んでください」
「さすがに伯爵令嬢……領主様のご令嬢をそう呼ぶのは……」
「許可します。さあさあ! アビゲイルと!」
相変わらず彼女はグイグイくる。
ゲームだともっと陰のあるクールキャラだとばかり思っていたが、三年も前だとこんな性格なのか。
もしくは、元からこういう性格だったのか。
どちらにせよ、俺はひくひくと頬を痙攣させながらもなんとか彼女の名前を搾り出す。言わないかぎりどうせまた動いてもくれないだろうから。
「……アビゲイル様」
「呼び捨てでも構いませんよ? ネファリアスさんは特別です」
「いえ、さすがにそれは無理です。周りの目もありますので」
「むぅ……まあいいでしょう。あなたのお気持ちも理解できますし。それはそうと、ネファリアスさん」
「はい」
「本日はアビゲイルの無礼をお許しください」
「え」
彼女は唐突に頭を下げた。
周りを騎士に囲まれているため、彼女のその姿を見たのは俺だけだろう。すぐに顔を上げ、申し訳なさそうな表情で続ける。
「アビゲイルはネファリアスさんをデートに誘うため、脅迫まがいの行いをしました。それは権力を盾に脅す行為です。許されることではありません。なので謝ります。気持ちを暴走させて勝手な真似をしました」
「アビゲイル様が謝罪する必要は……」
さすがに俺は驚いた。
彼女は伯爵令嬢だ。このノートリアスを治める領主の娘だ。
そんな彼女が簡単に頭を下げたことにも驚くが、あれだけ勝手な振る舞いをしたのに普通にいい子だったことにさらに驚く。
俺は顔を左右に振って彼女の謝罪を受け入れた。その上で、もう十分だと告げる。
すると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「ふふ……ネファリアスさんはお優しいですね。あれだけ傲慢に振舞ったアビゲイルに、愛想どころか怒りの感情すら見せないなんて」
「ただちょっとしつこく勧誘されたくらいですよ。さすがにそれだけで怒ったりしません」
ちょっと面倒な人だな、くらいにしか思わなかった。
実際、俺は彼女に会うのも目的だったし。それが果たされたことも大きい。
「アビゲイルは、この街の人にはそれなりにワガママな令嬢ってイメージを持たれているんですよ? 反省しないといけないことも多いです。でも、ネファリアスさんが優しくてよかった……あなたには不思議な縁を感じるんです」
「不思議な縁……」
それはもしかして、あの夢が関係しているのだろうか?
本来、俺と彼女は出会う運命にはない。それこそ、俺が転生していなければ彼女と話すことはなかっただろう。
共に悪の道に墜ちた者同士。シナリオが壊れ、変わったことに対する影響だろうか?
この繋がりが果たして未来にどんな結果を及ぼすのか……まだ俺にもアビゲイルにも解らない。
「とりあえず、ここでは何ですから歩きましょう。デートの始まりですよ!」
「あっ」
ぐいっと思考の途中で腕を引っ張られる。
準備は済ませてあるが、まさか普通に腕を掴まれるとは思っていなくてビビる。
彼女は気さくな人だった。
「まずはこの街の顔でもある南の通りから回りましょう。いろいろなお店があって面白いですよ。アビゲイルもよく足を運びます」
「南の通りですか」
たしかこの街に入ったときに通った正面のほうだな。
彼女の隣に肩を合わせて歩く。アビゲイルは上機嫌にニコニコ笑っていた。
「はい。南の通りには基本的に平民が利用できる店が多くあります。特にこの街は交易都市としても有名なので、その広さと店の数は王都にもひけをとっていないかと」
「たしかに街に入ったときにちらっと見ましたが、かなり盛況でしたね」
「それはもう。昼夜を問わずににぎわっていますよ。お勧めのお店などを紹介しましょう」
「アビゲイル様は貴族令嬢であるにもかかわらず、平民の店にも詳しいのですか?」
「そこそこ詳しいですね」
彼女は断言した。
「これでも領主の娘です。街にことを知るには、自分が直接歩いて見て回るのが一番かと。アビゲイルは行動派な貴族なんです」
「あはは……ご立派です」
あなたが行動派なのは知ってました。でなきゃいきなりよそからやってきた騎士である俺を強引にデートに誘ったりしない。
だが、それも含めてなんとなく彼女を嫌いになれない。なんというか……気さくで面白いとすら思えた。
このデートで……少しでも彼女のことや町のことが知れるといいな。
歩きながら、たしかに俺はそう思った。
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