第88話 騎士団長の動揺

 団長エリカの部屋に招かれた。


 仕事をするための部屋じゃない。完全プレイベートな私室……寝室だ。


 彼女の部屋にはベッドと机、それにソファしか置いてない。


 まさに寝るだけの部屋って感じだった。


 そこでお茶を飲みながらイルゼに関する話をする。


 先ほどイルゼと話した内容をざっくりとそのまま彼女に話した。


 お茶を一口飲んで、彼女は口を開く。


「そう……結構ぐいぐい話したのね。あの子らしいと言えばあの子らしいけど……意外だったわ」


「意外?」


「ええ。イルゼはある日、突然勇者の加護を貰って貴族社会に飛び込んだ。それまではただの平民の子供がいきなりよ? 当然あの子は苦悩した。平民と貴族のギャップに。イルゼも対外的には貴族という扱いになる。伯爵令嬢である私よりも正直身分は上よ。国王陛下にだって匹敵するほど。でもね、いきなりそんな偉くなってもイルゼは困った。あの子はいい子だから」


「そうですね。無駄に苦労しそうなのが目に見えるというか……」


 実際に、今後イルゼはたくさんの苦悩を経験し味わう。


 それが彼を強くするのだ。


 知っているのは俺だけ。だから無難に返事を返す。


 エリカはこくりと頷いた。


「同じ意見よ。イルゼはきっと苦労する。それがあの子のためでもあるし、私も積極的には止めないけど……ひとりでは見きれない部分もあると思うの」


「? どういう意味ですか。いまのところ話が見えてきませんね」


「あら、そういうところは歳相応なのね。要するに私と一緒になってイルゼを守ってほしいのよ。ノートリアスの件だけじゃないわ。今後イルゼが体験するであろう苦悩や苦労から守ってほしいって意味」


「……なぜ俺に?」


 他にも優秀な騎士はたくさんいる。俺でなくてもいい。むしろイルゼを守るなら、人数は多いに越したことはないだろう。


「イルゼがあなたを信用しているから……ってだけじゃないわ。あなたを私も信用してる。その強さを見込んでお願いしてるの。イルゼという人類の希望を守ってほしいと」


 真剣な表情でエリカは俺を見つめた。お互いの視線が交差する。


 彼女の瞳には、嘘偽りのない感情が乗っかっていた。


 茶化すわけにもいかず、一拍置いてから答える。


「まあ……別に構いませんよ。最初からイルゼのことは守るつもりでしたし」


「へぇ。なんだかんだ言って優しいのね、あなた」


 にやりとエリカが笑った。まるで馬鹿にされているようでちょっとだけ恥ずかしかった。


 視線をわずかに逸らして言う。


「イルゼだけが特別じゃありません。俺には俺の目的があって、それを達成するためにもイルゼが必要なだけです。……それでいうと団長、あなたも俺は守りたい」


「————え?」


 ハッキリとそう告げると、エリカの表情が固まった。よく見ると、体の動きまで完全に停止していた。


 笑顔のまま微動だにしない。


 しばらくするとようやく意識を取り戻す。


 急激に彼女の顔が赤くなった。


「そ、それってどういう……どういう意味かしら?」


 声がわずかに震えている。


 どうしたんだ? まさか自分が含まれているとは思ってもいなかったから驚いている?


 それにしては様子が普段の驚いてるときと違うような……まあいい。


 考えてもわかるものではない。思考を切り替えて彼女の質問に答える。


「俺がどうしてもエリカ団長を守りたいからです。どんな相手がかかってこようと必ず守りますから安心してください」


「わたっ、私を……守る……必ず……」


 俺が言った言葉をぶつぶつ彼女は繰り返す。


 未だ顔は赤いしどこかそわそわしていた。


「団長? どうかしましたか? 様子が変ですよ」


「へ、変にもなるわよ! お馬鹿! いきなりそんな……正面から来られると……」


「???」


 彼女は一体なにを……。


 俺の中で複雑に謎が絡み合う。その間にもエリカはさらに頬を赤く染めて、それでいて嬉しそうに笑っていた。


 かすかに、


「こ、これがお姫様のき、気持ちなのかしら? まだ守られていないのに胸が……!」


 んん?


 お姫様に胸? 気持ち?


 まったくサッパリ理解できない。彼女の中ではすでにそれなりの答えが出ているはずなのに、それを俺に教えてくれない。


 それはつまり、俺には言えないこと。


 ——そうか! 騎士団長として重要な内容なんだな。それはさすがに聞くことはできない。


 エリカの不安定さに興味を引かれるが、それをグッと堪えて俺は話を続けた。


 ほぼ一方的にエリカに語ることになったが、一応、彼女はイルゼの話を聞いてるっぽい。


 終始ぽわぽわしていて若干不気味にすら見えてきたが、エリカが楽しそうなのでよかった。


 ひとしきり話し終えると、ぐいっと残ったお茶を飲み干してソファを立つ。


 こちらを見上げるエリカに告げた。


「そろそろ夕食の時間なので俺はこれで。もう他に用事はないでしょう?」


「え、ええ……そうね。ごめんなさい、長々と付き合わせて。一緒に食堂まで行くわ」


 そう言ってエリカもソファから立ち上がる。


 食器を片付けたあと、共に肩を並べて食堂を目指した。


 なぜかやたら隣から視線を感じる……。

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