第85話 譲れないもの

 ダンジョンから真っ直ぐに騎士団の宿舎に戻ると、なぜか宿舎の入り口には勇者イルゼの姿が。


 思わず内心で「げっ」という声を漏らしたが、イルゼが帰るまでどこかで時間を潰すのも嫌だったので、仕方なくイルゼのそばに寄る。


 こちらに気付いたイルゼが挨拶をして、早速本題を聞くと……どうやら予想どおり、彼は俺に会いにきたらしい。


 時間は平気かと言われたので問題ない、と答え、勇者イルゼと共に目的地のない散歩が始まった。


 散歩が始まって早々、やや暗い声で彼は俺に訊ねる。


「ねぇ、ネファリアスくん……君は、怖くないの?」


「怖い? なにがだ」


 あまりに突拍子もなくなくぶち込まれた質問。意図がわからず首を傾げると、イルゼは謝罪とともに説明してくれる。


「ああ、ごめんね。何の説明もなく。これから始まる遠征の件だよ。ノートリアスっていう如何にも怪しい場所へ行くのに、なにか不安はないのかなって」


「ああ……ノートリアスの件か」


 俺とイルゼ、それに第三騎士団を含めたエリカは、まもなく王命により大都市ノートリアスの調査へ向かう。


 最近、ノートリアスの街中で犯罪が多発していることへの調査だ。他にもいろいろ怪しい噂が流れているなど、遠征とは裏腹にかなり危険な依頼だと言える。


 どうやら目の前の勇者は、初めての仕事がそんな危険な場所へ行くことに不安を感じてるらしい。


 気持ちはわかるし俺も実際不安だからなんとも言えないが、「不安を感じている」と俺もイルゼに言うのはなんか違う。


 俺とイルゼの不安は、そもそも根本的に違うものだから。


「たしかに不安がないと言えば嘘になる。ノートリアスはかなりきな臭い街だからな」


「だ、だよね? そうだよね。いくらなんでも、勇者に任せるような依頼じゃないよね。これが初めてだっていうのに……」


「まあお前の気持ちはわかるよ。けど、イルゼは勇者なんだから大丈夫だよ。お前はお前らしくただ真っ直ぐ歩いていけばいい。支えるのは俺やエリカ団長の仕事だ」


 そう言ってイルゼの背中を軽く叩く。


「ネファリアスくん……そっか。僕の背中はネファリアスくんが守ってくれるんだね」


「エリカ団長もな。正直、あの人のほうが強いから頼もしいぞ」


「そんなことないよ。ネファリアスくんから感じるオーラは、エリカにも引けをとってない。それに……ぼ、僕はネファリアスくんが守ってくれるほうが嬉しいかも、なんて」


 お、おい。なんでそこで頬を赤らめて俯くんだ。


 やめてくれ。中性的な顔立ちとはいえおまえは男なんだ。


 そんな反応されても俺が困る。


「お、俺たち友達だもんな! ははは! お前の背中くらい何度でも守ってやるよ! 任せておけ! ははは!」


 半ば無理やり空気を弛緩させる。


 こんな野郎のために甘酸っぱい空気なんてさせるか! せめてマリーを持ってこい! ……あ、もう王都にはいないんだった……病む。


「……あれ? ネファリアスくん? 急にどうしたの? 元気ないよ?」


「理想と現実の差に板ばさみになった……辛い」


「本当にどうしたの急に!?」


「お前はにはわかるまいよ、俺の気持ちなんて……この妹を想う俺の気持ちなんて……」


「あー……そう言えばエリカが言ってたなぁ。ネファリアスくんは重度のシスコンだって」


「なんで団長が知ってるんだよ!?」


 おかしいだろぉ!? あいつ、いつの間に調べて……。


「いや、まあ……ネファリアスくんの態度を見てたら誰でもわかると思うよ?」


「嘘だろ!? これでも隠してるほうなのに……」


「どんだけ妹のことが好きなの……ちょっと気持ち悪いよ」


「殺すぞ、てめぇ」


 シスコンを馬鹿にするなら勇者とて許さない。


 マリーのためならバッドエンド上等だ。原作の再現すら辞さない。


 今日でてめぇの勇者ライフはおしまいだぁ!


 くわっと両手をあげてイルゼに襲いかかる————前に、イルゼがさらに続けた。


「ごめんごめん。冗談だよ。でも凄いね、ネファリアスくんは」


「……すごい?」


 両手をあげたままの間抜けなポーズで停止する。


「うん、すごい。だってネファリアスくんは、自分が目的を果たすために、大事な大事な妹さんとも別れる決断をしたんでしょ? それは簡単なことじゃなかったはずだ。辛くて、哀しくて、本当はいますぐ妹さんのもとへ戻りたいんじゃない?」


「……そうだな。叶うならいますぐ領地に戻ってスローライフでも送りたいよ」


「ならどうして、そこまで頑張れるの? どうやったら、僕も君みたいに強くなれるのかな?」


 急に勇者イルゼが、真剣な眼差しをこちらに向ける。


 たぶん、その問いこそがこの話の本筋。彼が一番俺に聞きたかったことではないだろうか。


 俺の答えは決まってる。俺自身がそうであったように、勇者イルゼにもそれがあれば解決する。それさえ見つけられれば。




「別に強くないさ。俺のいまの行動は、すべて妹と……いや、妹のためだ。俺は自分のためになること以外ではほとんど動かない。しいて言うなら、目的は一貫しろ。そこへ至るために己を強く持て。お前に譲れないモノができれば、勇者イルゼは本当の意味での勇者になれるさ」

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