第80話 奈落

「グルルルルッ、オオオオオオオオオ!!」


 ドラゴンの咆哮がまたしても部屋中を響かせる。


 耳がキンキンするほどの声量だが、レベルが高いおかげでそんなに気になることはなかった。


 ゲームだと、プレイヤーのステータスを低下させるデバフだったかな?


 俺には状態異常耐性もあるからほどんと効かないね。


 じろりと睨むドラゴンの顔面に、至近距離から炎魔法をぶち当てる。


 効果は抜群だ。


 大量の煙を巻き上げてドラゴンが倒れる。


 まだ死亡じゃない。しっかりと生きているので、ゼロ距離でマウンティングしてから剣をぶち込みまくる。


 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!


 何度も何度も剣を振った。合間に炎を、離れた下半身にでも当ててひたすら攻撃を続ける。


 スライムドラゴンはなにがあったのか、しばらくぴくぴくしたまま反撃してこない。


 リアルだからなのか瀕死なのか、どちらにせよ、そのチャンスを俺は逃さなかった。


 ひたすら攻撃を一分間以上はぶち込みまくると、やがてスライムドラゴンの体が萎んだ。


 空気の抜けた風船みたいに縮んでいく。


 足場がぐらつくドラゴンの体から飛び降りると、ゲームシステムが戦いの終わりを告げた。


『レベルアップしました』

『ダンジョンクリアボーナスを与えます』

『ソロクリア報酬を与えます』

『装備:夜空のマント』

『スキル:聖域Lv5』




「……うん? 聖域?」


 なんだこの見るからにバフっぽいスキルは。


 スキル説明欄を見てみると、どうやらこのスキルは防御系のスキルに属する。


 強化と言えば強化なんだが、スキルの説明が『邪悪属性の敵から受けるダメージを軽減する』というもの。


 この邪悪属性というのは、簡単に言ってしまえば心根の腐った犯罪者のような存在のことだ。


 もちろん人類の敵であるモンスターはすべて邪悪属性に分類される。


 ゆえに、このスキルはなかなか有能だ。モンスター討伐においては重要な役割を担うのでは?


 ただ、このスキルがこのダンジョンのボスを討伐して出てきたってことは……システムも俺を、このダンジョンのと思える。


 なぜなら、このダンジョンはここで終わりじゃない。


 クリアしたのは、あくまで低レベル階層のダンジョンのことだ。




 そう。このダンジョンには——もうひとつダンジョンがある。


「いわゆる二重ダンジョンってね」


 仕組みは簡単だ。


 ボスを倒すことでより強いダンジョンへ挑める。


 いま倒したボスが守護するダンジョンをイージーモードだとすると、次のダンジョンはハードモードだ。


 出てくる敵のレベルが違う。


 言わばここまでがお遊び。


 そこそこ苦戦するだろうとは思っていたが、ボスからいいスキルが手に入ったしな……これがあればさらに俺の安全は保たれる。


 鼻歌まじりに、開かれた奥の扉を通ってさらに下へとおりた。


 階段をおりるごとに、突き刺すような冷たい空気を感じる。




 ▼




 二重ダンジョン、陰の淵。


 前半は敵のレベルが30もあればいいほうなのに対して、後半の〝陰の淵・奈落〟は、平均的な雑魚のレベルさえ40を超える高難易度のダンジョンだ。


 ゲームだとたしか、中間までは問題なくいけるけど、中間を越えるとさらに敵が強くなるという意味不明な難易度設定になっていたはず。


 いまの俺のレベルでどれだけ通用するのか。ボス部屋まで辿り着くことができるのか。


 もろもろを心に刻み、とうとう、後半のダンジョン奈落へ足を踏み入れた。




 奈落の外見は前半とほとんど変わらない。


 周りが石に囲まれた普通の迷宮内部だ。


 しかし、奥から流れてくる雰囲気が最悪だ。まるで冷気でも発しているのか、不思議と体が震えた。


「さすがに緊張するな……ちょっとだけ。でもまあ、新しいスキルと装備があるからなんとかなるだろ」


 特にスキルのほうは優秀だ。これがあるだけで、モンスターから受けるダメージが軽減する。決して無駄にはならない。


 手に入れた装備も悪くない。漆黒のマントは見た目だけでもカッコイイ。性能も他の装備より若干ステータスの上昇値が高く、今後も活躍しそうだった。


 ひとまず剣を鞘から抜いて、慎重にダンジョンの奥を目指す。


 奈落の構造は陰の淵とまったく同じとはいえ、ルートがそこまで多くなかった陰の淵より複雑な造りになっている。


 俺の記憶も微妙に曖昧だが、恐らく最上階までは間違えることなく辿り着けるだろう。


 念には念を入れて、慎重に慎重に曲がり道を選択しながら進む。


 すると、その途中、奈落に入って初めてのモンスターが現れた。




 そのモンスターは、スライムによく似た不定形なバケモノ。


 しかし、スライムと呼ぶには、酷く不気味で不吉な外見をしていた。


 うねうねと液体状の体が動き、敵である俺のもとへ飛び跳ねてくる。


 速い。が、問題ない。


 向かってくるモンスターに対して、俺は剣を構えた——。

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