第78話 く、狂ってる!

「——アビゲイル!」


 バッと手を伸ばした。


 そこで気付く。


 目の前には、見慣れた天井があり、周りが先ほどの風景とは違うことを。


 ボーっとしながらもじっくり状況を把握して、即座に答えを出した。


「……夢、か」


 どうやら俺は、アビゲイルの夢を見ていたらしい。


 いきなり夢が崩れ、彼女と別れてしまったが、あれはそもそも存在しない繋がりだ。


 言わばアビゲイルという個人の記憶を、振り返るように俺は見た。


 ベッドから起き上がり、はぁ、とため息をつく。


「我ながら女々しい夢を見たもんだな……そんなにアビゲイルに会いたいのか?」


 自らに問う。


 答えは返ってこない。


 たしかにアビゲイルは気になる存在だ。同じ悪役として、助けられる対象として興味を引かれるのはしょうがないと思う。


 しかし、それにしたって夢にまで彼女を見るとは……。


 これが何らかの未来を示唆していたら、最悪にもほどがある。


 だが、彼女の夢を見たことは偶然とは思えない。もしかするとこの先、俺は彼女と関わる機会があるのかもしれない。


 こちらからその機会を作ろうとしたが、向こうから来てくれるなら助かる。動きやすい。




 ひとまずぶんぶんと余計な思考は隅においやって、ベッドから起き上がる。


 今日は休日だ。騎士団の訓練は休み。


 あの厳しい訓練がないと思うと少しだけ残念だが、それよりなにより効率のいいレベリングができる日でもある。


 夢で見たアビゲイルを救うためにも、少なくとも悪魔くらいは倒せるようになりたい。


 いまだ手元にある召喚権もそうだが、本来のストーリーでは、獄楽都市には悪魔がいるはずだ。


 すでにいるのかどうかは判らないが、予め対策しておいたほうがずっといい。


 そういうわけで、俺はすでにどこのダンジョンへ向かうかは決めておいた。


 いまの俺のレベルで最もレベリングすべきダンジョン——その名も、〝陰の淵〟。


 数ある王都近隣のダンジョンの中でも、かなり高い攻略難易度を誇るダンジョンだ。


 それにあのダンジョンには、面白い要素がある。


 それも含めてさっさとレベリングすべく、俺はいそいそと着替え始めた。


 すると、その途中で同室の騎士が目を覚ます。


「……ネファリアス? もう起きてたのか? おはよ~」


「おはようジーク。眠そうだな」


「そりゃあ眠いだろ~、ふぁ~~~~~~!」


 布団の上に座ったジークが、盛大に欠伸を漏らす。


 コイツ、実力はあるのにかなり適当なんだよな、態度とか言動すべてが。


 それでも仲良くできているのは、ジークの社交性が高いからだ。


 俺自身の社交性はお世辞にも高いとは言えない。


「つーかどっか行くの? ひとり?」


「ああ。ちょっとダンジョンで修行をしにな」


「はぁ!? おまっ、休日って言葉の意味知ってるのか? 休むための日だぞ!?」


「失礼なヤツだな……それくらい俺だって知ってる。けど、休日でもないとダンジョンに潜れないからな。多少忙しくても目を瞑るさ」


「く、狂ってる……休日以外はあの鬼のような訓練メニューを課されているっていうのに、その上、休日にはダンジョン? おまえおかしいだろ!」


 急に大きな声を張り上げて騒ぐジーク。


 ジーク以外に誰もいなくてよかった。ジークが起きるのが遅くてよかった。


「はいはい。おかしくても何でもいいよ。俺は強くならなきゃいけない理由があるんだ。そのためなら多少の苦難は乗り越えられる」


「ふーん……多少の苦難に、強くならなきゃいけない理由ねぇ」


「そういうことだからまたな。お前も、休日でもしっかり自主訓練くらいしておけよ。エリカ団長にどやされるぞ」


「うげっ! 休みの日なのに訓練なんてしてられるかよ! それより一緒にナンパでもしに行こうぜ~」


「断る」


 なぜ俺がそんな真似をしなくちゃいけない。


 メインヒロインにやるならともかく、ただのモブに好意を振り撒くくらいなら、メインヒロインたちを助けられるように自分を鍛えたほうがマシだ。


 時間がもったいない。


「マジかよおまえ……せっかく面はカッコイイのに、中身は仕事人間だな。ナンパしたら絶対におまえモテるのに。知ってるか~? 騎士団の女性メンバーの中でも、とびきりおまえは人気なんだぞ~」


「はいはい。ジークはほどほどにしておけよ。そのうち誰かに刺されるぞ」


「はん! その時は腹筋で跳ね返してやるぜ!」


 自信満々にそう言ってのけるジーク。


 やれやれ、と肩を竦めると、俺は準備を済ませて部屋の扉に手をかける。


 ぎぃっと扉を開けると、閉める直前、


「なら、精々首元に気をつけるんだな」


 と余計な一言を残して部屋を出た。


 そのまままっすぐ騎士団の宿舎を通り抜けると、眩しいばかりの太陽を睨みながら、目当てのダンジョンを目指す。


 自分でも変な生き方をしてるという自覚はある。


 それでも諦めきれないから……きっと、生前の自分がそんな人間だったからなのかもしれないな。




 走りながら、ふとそんな考えが脳裏に浮かんだ。

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