第77話 夢

 第三騎士団長のエリカと、勇者イルゼからの推薦をもらって俺が勇者の護衛を勤めることになった。


 推薦っていうか、もはや強制だ。いち団員である俺に、団長と勇者からの指名を断ることなどできない。


 とんとん拍子で依頼の内容を聞かされた俺は、一抹の不安を抱えながらエリカの部屋を出た。


 細かい話はまた当日の道中にでも、と言われて話が終わる。


 人のいない廊下を歩きながら、深い深いため息が漏れた。


「本来のシナリオと進み方が違う上、 やりたいことがあって勇者のお守りも担当……いっそこれなら、護衛を任されないほうがよかったか?」


 それなら自由に動ける可能性はあった。


 しかし、ずっとべったり勇者に張り付いていると、悪役令嬢ことアビゲイルを助ける時間があまりない。


 そもそもアビゲイルがどうして闇堕ち? したのかも解っていないし、不安ばかりが脳裏を過ぎる。


「けど、グチグチ不満ばかりも言ってられないな。不足の事態にも対処できるようレベルを上げているんだ。最初から困難が待ち受けているのは知っていた。あとは、それを乗り越えるかどうかの問題だ」


 弱っていた自らのメンタルに渇を入れる。


 予想外の展開に、気付かない内に弱腰になっていた。


 しっかりしろ、ネファリアス。おまえは何のために家を、家族を捨ててまで王都に残った。


 すべてを救うためだろう。


 いまさら怖気づくなんて俺らしくない。最終的にはやりたいことと一致するし、覚悟を決めるべきだ。


「よし」


 グッと拳を握ってやる気を出す。


「なにがよし、なんだ?」


「ジーク」


 しばらく考え事をして歩いていたせいか、背後に同僚のジークがいることに気が付かなかった。


 がばっと肩を組まれ、話しかけられたことで気付く。


「なんでもないよ。ただ、これから忙しくなるなってこと」


「ん~? もしかしてエリカ団長に呼ばれた件となにか関係が?」


「まあな。近いうちにお前も知ることになるぞ」


「ってことは任務か。うはぁ、めんどくせぇ。今度はどこに行くって?」


「それはまだ秘密だ。知りたかったらエリカ団長にでも訊いてこい」


「つい先日、ぶん殴られたばかりだが?」


 ジト目でジークがそう言った。


 知らんがな。


「どうせお前がなんか言ったんだろ。相変わらず団長を口説いてるのか?」


「あんないい女、口説かないほうがおかしいだろ!?」


「団長にだけならまだしも、お前の場合は手当たり次第すぎる。だから口説くたびに団長にぶん殴られるんだよ」


「暴力はよくないと思います」


 エリカに殴られた時の記憶でも脳裏にチラついたのか、急にジークがぷるぷると震え出した。


 トラウマになるくらい殴られたなら、口説かなきゃいいのに。


「そんなことより、早く食堂に行こう。昼食前だったから腹減ってる」


「そんなこと!? おまえいま、俺の話をそんなことって……!」


「はいはい、行くぞ」


 うるさいジークを引きずって食堂へ向かう。


 抗議の声はすべて無視する。




 ▼




 その日、俺は夢を見た。


 エリカとイルゼからノートリアスの話を聞いたせいか、夢の中には悪役令嬢アビゲイル・エルド・ノートリアスが出てきた。


 暗い色のドレスをまとう彼女は、全身から負のオーラを出して泣いている。


『ごめんなさい……ごめんなさい。違うの。私はただ、見てほしかっただけなの。お前はすごいとお父様に言われたかっただけなの……みんなをあんな風にしたかったわけじゃないの』


 メソメソと暗闇の中で彼女の声だけが響く。


 夢の中には俺と彼女しかいない。景色もどこまでも吸い込まれそうなほど暗い漆黒だ。


 きょろきょろと周りを見渡したあと、膝を突いて泣きじゃくる彼女を見下ろした。


『私は悪くない。私は悪くない。私は……』


「だったらなんで、君は泣いてるの? 悪くないなら君が謝る必要はないだろ」


 思わず俺の口から言葉が出た。


 夢だからか、目の前にいるアビゲイルはぴくりとそれに反応する。


 大粒の雫を浮かべた彼女の瞳が、ゆっくりと俺を見上げて捉える。


『あなたも私も責めるの? あなたも私のことを魔女だと、化け物だと責めるの? 生まれてこなければよかったと怒り、暴力を振るうの?』


 アビゲイルの瞳の中に、明確な敵意が宿る。


 だが、俺は首を横に振ってそれを否定した。


「違うよ。俺はむしろ、君の味方だ」


『味方? あなたが、味方? 違うわ。ありえない。ありえない。みんな私のことを責めたもの。みんな私を認めてくれなかったもの』


「俺は責めない。俺は認める。きっと俺たちは出会う運命にあったんだ」


『運命?』


「ああ。近いうちに、必ず君に会いにいく。救えないと思っていたけど、必ず君を救いにいく。アビゲイルを曇らせる影は、必ず俺が排除してみせる。だから君は……ただ笑ってくれるだけでいいんだ」


 彼女に近付き、瞳にたまった涙をふき取る。


 アビゲイルは俺の顔をジーッと見つめていた。


『あなたは……だれ? どうして私を慰めてくれるの?』


「ネファリアス。ネファリアス・テラ・アリウム。同じ悪役として、君のことは放っておけないよ」


『ネファリアス……あなたは——』


 パリン。


 言葉の途中、空間が勢いよく割れた。世界が崩れ、自らの意識が覚醒するのが解った——。

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