第76話 悪役令嬢
第三騎士団長エリカに呼ばれ、少しだけ早く彼女の部屋を訪れた。
すると、エリカの部屋には彼女以外にもうひとりの来訪者の姿が。
勇者イルゼだった。
騎士団長のエリカと勇者イルゼが仲がいいのは知っていたが、どうやら今回の呼び出しは話があるのは勇者のほうで、促されるまま彼の対面に座る。
雑談を交えながら話が進むと、早速、本題に移る。
「今回向かうのは、あのノートリアスなのよ」
前世で、ゲームで聞いたことのある名前が呼び出してきた。
だが、それは……本来はとっくに滅んでいる街の名前だった。
「の、ノートリアス? ノートリアスに行くって言ったのか?」
「ええ。信じられない気持ちはよく解るわ。あそこは、最近よく犯罪が起こってる不気味な街だからね。王国でも随一の貿易都市だかなんだか知らないけど、きな臭くて嫌になるわ」
俺の内心とは違い、ふん、と顔を強張らせるエリカ。
彼女の話から、いまだノートリアスが無事であることが解る。
——どういうことだ? ゲームの序盤でノートリアスは滅んだはず。中盤であの街に足を踏み入れると、街中には異形のモンスターしかいなかった。
貿易都市『ノートリアス』。
ゲームの情報によると、その街は王国でもトップクラスに巨大な街で、第二の王都とすら呼ばれる。
主に商いにより大量の資金を集め、規制の強い王都と比べて、夜の店などが多く並ぶちょっと如何わしい場所だった。
しかし、ゲームの途中で勇者イルゼがその街に足を踏み入れると、住民たちは全滅しており、謎のバケモノが街中には跋扈していた。
おまけに強大な敵が待ち構え、悲運な人生を送ったとある少女が勇者を殺しにかかったりと、俺の記憶どおりならあんまりいい思い出はない。
けど、そうか。
ゲームの頃より早く勇者が誕生した。それによってノートリアスが滅びる前にシナリオが進行し、合わせてストーリーが書き換わっている。
国王がどういう意図でノートリアスに勇者を向かわせるのかは知らないが、これは俺にとってチャンスでもあった。
なぜなら、ノートリアスは滅びる運命にある。
こればかりは変えられないと思っていたが、もし滅びの運命を変えられるなら……俺には救いたい女の子がいた。
アビゲイル・エルド・ノートリアス。
名前からも解るとおり、貿易都市ノートリアスを治める領主の娘だ。
ファンのあいだでは、『悪役令嬢』と言われるキャラクターで滅んだ都市に残された唯一の生存者。
ノートリアスが滅んだ件は、公式からも発表されていないゲームの謎のひとつだったが、生存者であり敵でもあるアビゲイルが関係しているのは明白。
なにがあったか解らないが、勇者イルゼに殺されるまで彼女は、アビゲイルはずっと泣いていた。
懺悔のように「ごめんなさい」と呟き続け、闇の力をまとって何度も勇者を襲う。
最初は「クソウザいな、なんだよコイツ。さっさと倒せ勇者」とネチネチアンチコメントを炊いていたが、いざ勇者が彼女を倒すと、非常に重苦しいイベントシーンが入って、
「ムカつくけど殺したかったわけじゃないんだよおおおお!」
と発狂したのを覚えている。
だが、ゲームの頃は明らかに彼女が黒幕のひとりに見えた。ゆえに、彼女を倒さないといけない理由があった。
仕方ないと思いつつアビゲイルの件は考えないようにしていたが……あの都市滅亡の事件が起きていないなら話は異なる。
いまの俺なら、彼女を救うことができるかもしれない。
「その顔……どうやらやる気はあるみたいね」
拳をグッと握り締めていると、横からふふっと笑うエリカの声が聞こえた。
俯いていた顔を上げると、エリカの満足げな表情が視界に映る。
「ノートリアスの名前を聞いたら怖がっちゃうのかと思ってたわ。さすがに度胸があるわね」
「そんなんじゃありませんよ。ただ……やりたいことを思い出しただけです」
「やりたいこと?」
「いえなんでも。それより、俺が勇者の護衛ってどういうことですか」
アビゲイルの件は彼女には話せない。下手するとアビゲイルを事件の前に殺すことになるかもしれないからだ。
「そのままの意味だよ、ネファリアスくん。エリカとネファリアスくんには任務の最中、僕の護衛に就いてもらう。これは国王陛下とエリカの意思だ」
「お、俺が……勇者の護衛に就く!? 新人なのに!?」
いいのか、それ。普通に他の団員から文句が出そうだが……。
困惑していると、エリカからの補足が入る。
「私を指名したのは国王陛下。そして私が指名したのがあなたよ、ネファリアス。あなたの実力は私に次ぐわ。入団テストで一通り揉まれたし、他の団員からも文句は出ないでしょう、たぶん」
おい。いま多分って言ったぞ。後でしわ寄せを食らうのは俺なんだが?
ジト目で団長エリカを睨むが、彼女はぷいっと視線を逸らして続けた。
「それに勇者様からのお願いでもあるの。ネファリアスくんなら話しやすいし実力も信用できるってね」
「俺は勇者の前で実力を示したことは一度もない」
「それでも信用してるよ、ネファリアスくん!」
えぇ……そんなアバウトな。
いいのか勇者イルゼよ。俺は主要キャラクターのそばにいれて助かるが、少しだけ適当すぎるような気がする。
今後に、わずかな不安が残った。
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