第75話 嫌な予感

 同室、同僚のジーク、リナリー、オクトーたち三人の騎士と別れ、俺はまっすぐに団長エリカの部屋へ向かう。


 用件は不明だが、今日はエリカに呼ばれていた。


 本来の時間より少しだけ早いものの、一時間くらいなら彼女も許してくれるだろう。


 団長専用の部屋の前に到着すると、控えめな力でドアをノックする。


 コンコン、コンコン、と二回繰り返したところで、内側からエリカの声が聞こえた。


「はい、誰かしら」


「ネファリアスです」


「あら、ずいぶんと早いのね。入っていいわよ」


「失礼します」


 許可をもらったので部屋に入る。ガチャリとドアを開くと、エリカの他にもうひとり来客がいた。


 さらさらの金髪に青い瞳。どこか中性的な線の細い男性だ。


 記憶に該当する、というか知り合いの勇者イルゼが、にこりと笑みを浮かべて俺を見た。


「……どうして勇者様がここに?」


「私が呼んだの。そもそも今日、あなたに話があるのは、本当は勇者様なのよ。私も関係あるし、あなたはウチの所属だから声をかけただけでね」


「はぁ……」


 なるほど? 勇者イルゼが、予定を決めるためにエリカを通して俺を呼んだのか。


 たしかに彼は勇者という称号を持つが、騎士団とは関係のない人間だ。そこに所属する俺の予定を予め把握しておきたいのなら、団長であり友人でもあるエリカを通すのが一番。


 しかし、それならそうと最初から言ってほしかった。勇者イルゼが関わっていると。


「とりあえずソファにでも座って。少しだけ長くなると思うわ」


「団長はもうどんな話を聞かされるか知っているんですか?」


「ええ。あなたに話したい、相談したいと願ったのは勇者様だけど、話自体は私も彼と一緒に聞いてたから」


 ふむ。ということは、勇者イルゼにその話とやらを聞かせたのは、国王陛下ってことになる。


 団長と勇者両方になにかしらの依頼? を出せるのは、勇者の直属の上司になる国王陛下だけだ。


 なんだか一気に嫌な予感がしてきた。


 ひとまず、言われたとおりにソファへ座る。


「こんにちは、ネファリアスくん。久しぶりだね。今日はエリカを通しての呼び出しに来てもらってありがとう」


「いえ、団長の指示には逆らえないので」


「嫌な言い方ね」


 冗談を言ってみたら、じろりとエリカに睨まれた。


 彼女は端正な顔をしているが、意外とツリ目がよく似合う美人だ。睨まれると少しだけゾクッとする。


「敬語はいらないよ。ここには僕とエリカ、そして君しかいないんだから」


「では……俺になんの用なんだ? 国王陛下から出兵の話でも出たのか」


「鋭いね。まさにその通りだよネファリアスくん」


 勇者は笑みを保ったまま続けた。


「国王陛下から直々に、第三騎士団を率いて任務に当たるよう言われた。リーダーは僕ってことになるのかな?」


「そうね。勇者様はこれが初陣だから、指示を出すのは私になるでしょうけど」


「エリカにはお世話になるよ」


「それくらい問題ないわ。最初からある程度の采配は任されているからね」


 ふふん、と胸を張るエリカ。彼女もその場にいて、国王陛下に似たようなことを言われたに違いない。


 団長エリカが言ったように、ストーリーが始まったばかりの現在、勇者イルゼはこれが初めての任務になる。初陣だ。


 緊張とか知らないことも多く、経験豊富でかつ強いエリカに任せるのが安牌である。


 彼女の命令なら部下たちは迷わず従うし、ちょろちょろっと勇者にも功績を挙げさせれば十分な経験になる。


 たしか俺の記憶によると、最初の初陣は王都から数日のところにある小さな村の調査だったかな。


 いわゆるチュートリアルの戦闘だ。第三騎士団がいれば余裕だし、むしろ過剰戦力と言える。


 だが、そこでひとつの疑問が脳裏に浮かんだ。


 ——それだけの事で、わざわざ俺を呼んだりするだろうか?


 俺は第三騎士団の所属。当然、なにも言われなくてもエリカやイルゼたちと一緒に任務へ当たる。


 話からして、初陣に関するなにかを俺に伝えようとしてるらしいが、別段、特別なことはなかったはずだ。


 チクチクと再び嫌な予感が俺の胸中を刺激する。


 何もないよな、と思う反面、明確な地雷を見つけたかのような気分になった。


 たまらず俺は口を開く。


「それで……わざわざそのことを事前に話した意味はなんだ? 俺になにか他に話したいことが?」


「そうよ。勇者イルゼたってのお願いよ」


「お願い?」


 答えたエリカの返事が、いまだ的を射ない。


 首を傾げて頭上に疑問符を浮かべていると、どこか真剣な表情を作ったイルゼが、ぐいっとわずかに顔を前に出して言った。


「ネファリアスくんには……僕の護衛を担当してほしいんだ!」


「イルゼの……護衛?」


 なぜ俺が、という疑問は、直後に発せられたエリカの声でかき消される。


「私と一緒に、ね。今回の任務はどうにもきな臭い予感がするのよ」


「簡単な依頼じゃないのか? 初陣だろ?」


「ええ。名目は街の調査だけど……調査に向かう街が問題なの」


「街……?」


 勇者イルゼの初陣は村の調査だ。なぜ街に向かう?


 さらにハッキリと嫌な予感が形を成す。


 ドクドクと高鳴る心臓に合わせて、エリカは信じられない言葉を続けた。




「今回向かうのは、あのなのよ」




 前世で、ゲームで聞いたことのある名前が呼び出してきた。


 だが、それは……本来はとっくに

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