三章

第73話 新生活

 勇者誕生を祝う王家主催のパーティーに参加するため、はるばるアリウム男爵領から王都へやってきた俺たち。


 まさかこんなに早く勇者が誕生するとは思ってもいなかった。


 仕方なく計画を前倒しにすることにした俺は、騎士団長のエリカにスカウトされ、彼女が率いる第三騎士団へ所属することになった。


 そこで家族たちとは別れる。睡眠薬を飲み物に混ぜ、眠ったところで王都に戻った。


 今頃は目を覚ましているだろう。騎士から俺がどこかへ消えたという話を聞いて怒っているに違いない。


 だが、あそこまで馬車が進んでしまうと、探すより自領へ帰ることを優先するはずだ。


 俺が行方不明になったのならともかく、自分の意思で家を出ていったわけだしな。


 全員カンカンのはず。




「さすがに強引すぎたかな……」


「うん? なにが強引なの?」


 俺の呟きを拾った第三騎士団の騎士団長、エリカが訊ねる。


 首を横に振って、「なんでもない」と伝えた。


「ただの独り言ですよ。気にしないでください」


「そう? てっきりわたしは……——きゃっ!?」


「おっと」


 転びそうになったエリカの手を握る。


 かれこれ、一緒に正門のそばから騎士団の宿舎へ向かう最中、二度目の躓きだ。


 最初もいまも鍛えたレベルのおかげでなんとか間に合った。


 エリカが体勢をもとに戻してお礼を言う。


「ご、ごめんなさいね、ネファリアスくん。わたし、今日は運が悪いみたい」


 頬をわずかに朱色に染めてそう言ったエリカだが、俺は彼女のことをよく知っている。


 エリカのそれは運が悪いんじゃない。単純に——、


「ドジなだけだろ、エリカ。運のせいにしちゃいけない」


「むぐっ……! 勇者さまは一言余計ですよ~?」


 ぴしゃりと勇者イルゼが厳しい言葉の刃を投げる。その刃がエリカの心を深く抉ると、威圧的な笑みを彼に向けた。


「なんだか二人は仲が良さそうですね」


 シナリオが始まったばかりでもうそんなに仲がいいのかと感心する。


 ゲームの頃もそうだったかな?


「パーティーが開かれる前から、勇者さまとはよく行動を一緒にしたからね。まあ、少しくらいは仲がいいと思うわよ」


「エリカが僕の剣術の師匠なんだ。ものすごく厳しくて困ったよ。いくら僕が勇者でも、あそこまでボロボロに体を酷使することないのに」


「なにを仰いますか勇者さま。あなたは人類の希望を背負った光そのもの。あの程度の訓練で音を上げるたまではないでしょう?」


 ね? と言わんばかりにエリカは笑った。


 それを見た勇者イルゼが、「とほほ」と小さく呟いて肩を竦める。


 ……なるほど。そう言えばイルゼの教育担当はエリカだったか。


 ゲームでそんな設定があったのを思い出す。


 とはいえ、厳密には師匠ではない。エリカは単なる教師のようなもので、彼女とイルゼでは扱う得物が違う。


 勇者イルゼは剣を。騎士団長のエリカは槍を使う。


 剣と槍はまったく別物だ。


 恐らく、体力面の底上げをメインにしたに違いない。勇者イルゼが覚醒するのは、仲間を失ってからだしね。




「——あ、どうやら着いたようね。改めてようこそ、ネファリアスくん。第三騎士団へ」


 ぴたりと前方を歩くエリカが足を止める。


 遠くから騎士たちのものと思われる声が聞こえ、俺も建物に気付いた。


 そこはエリカが率いる第三騎士団の宿舎。前に俺が訪れた場所だった。


 恭しく、わざとらしくぺこりと頭を下げて、騎士団長のエリカに歓迎される。


 俺もまた頭を下げて返事を返した。


「こちらこそ、よろしくお願いします、騎士団長」


 互いに同時にくすりと笑ってから頭を上げると、「早くいこうよ」と急かす勇者イルゼに服を引っ張られ、宿舎の中に入る。


 今日からは、俺も立派な騎士の仲間入りだ。




 ▼




 その日から、俺の騎士としての生活が始まった。


 平日は朝から晩までキツい訓練をこなす。休憩時間も設けられているが、内容がハードすぎて関係ない。


 とはいえ俺はレベルが高い。入団初日から普通に周りに合わせることができた。


 そして貴重な休日にはダンジョンを回るという無駄のない日々が過ぎていき、およそ一ヶ月。


 久しぶりに騎士団長のエリカから声をかけられた。




「大事な話がある?」


 自室を訪れたエリカに、開口一番にそう切り出された。


 オウム返しすると、彼女は静かにこくりと頷く。


「ええ。かなり大切な話よ。午後一時くらいになったら私の部屋を訪ねて」


「はぁ……解りました」


 なんだろう、大事な話って。


 この時期、ゲームだとたしか近くの街や村々を見回って、危険なモンスターたちを掃討するんだっけ?


 いわゆる勇者の初陣兼練習だ。


 それに第三騎士団が参加するのは当然だが、だとしたらわざわざ俺に声をかける必要はない。俺だって騎士団の一員だし、参加するに決まってる。




 ではなぜ俺に声をかけたのか。


 彼女にとっても予想外の出来事でもあったか?


 少しだけ嫌な予感がした。


———————————————————————

あとがき。


告知?忘れてました。

今回から三章に入ります。

あえてタイトルを付けるなら……、

その名も獄楽都市編!



※62話くらいのご指摘、たぶん修正できました。

これ最初はスキル追加しない予定だったので途中から抜けてました……正直別になくてもいいスキルですが今後きっと役に立ちます。たぶん。だって主人公まだ脳筋ステータスだから……。

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