第71話 イチャイチャ

 パカパカと馬車が動く。


 ゆっくりとだが通りを抜けて王都の正門をくぐった。


 窓辺から見える王都の景色が、徐々に、本当に徐々に遠ざかっていく。


「しばらく王都には来れませんね」


「なんだいマリー。王都はそんなに楽しかった?」


 ぼそりと俺と同じように外を眺めるマリーが呟き、父がそれを拾った。


 彼女はこくりと頷く。


「はい。初めての王都は、見るものすべてが新鮮でした。アリウム男爵領にはないものが溢れていました」


「そうだね。ウチはご先祖様たちが頑張ってくれたとはいえ、まだまだ王都に比べれば田舎もいいとこだ。それをどれだけ引っ張っていけるかが、ネファリアスの今後の課題かな」


「さらっと息子に未来を託さないでください、お父様。まだまだ現役でしょう。少なくともあと十年以上は頑張ってもらいますよ」


 家督を早々に譲られても困る。色んな意味で。


「十年以上って……それじゃあ、わたしは五十をとっくに過ぎているじゃないか。老後のことも考えてくれ」


 この世界の平均寿命はおよそ七十から八十。早い人では六十でもなくなるのがザラだ。


 ゆえに、普通なら五十を迎えるまえにほとんどの仕事を息子に引き継がせる。


 両親の年齢的にはあと数年くらいがちょうどいい。


 だが、俺は両親には長生きしてもらいたい。せっかく盗賊からの襲撃も生き延びたのだ。


 精々、八十を超えるまでは死なないでくれ。


 そう内心で呟き、くすりと笑った。


「どうせお酒を飲むくらいしか楽しみはないんですから、息子の手を引っ張ってくださいよ、お父様」


「ネファリアスは親不孝者だ……とほほ」


 がっくりと肩を竦める父。


 そんな父を、娘のマリーと母が笑う。


「ふふ、一本取られたわね、あなた。ネファリアスの言うとおりでもあるんだし、どうせ暇になるくらいなら、もう少しくらい頑張ってみたら? あなた健康だし、きっと七十までは生きられるわよ」


「そういう君はどうなんだい、キャロライン。私たちは同い年じゃないか。わたしが長生きするなら、君にも長生きしてもらいたいね。マリーたちのためにも」


「あ、あなた……」


 見つめ合う両親。


 馬車の中という狭い空間で、息子と娘になにを見せているんだか……。


 仲良きことは、と喜ぶべきか非常に迷う。


「相変わらずお母様もお父様もラブラブですね、お兄様」


「そうだね。俺たちも負けないくらいイチャイチャしてみる?」


「それがいいと思います!」


「二人とも……さっきから全部聞こえているからね? お父さんたちも恥ずかしいから、あんまりいじめないでくれるかい? 見てご覧、キャロラインを。二人が茶化すから顔が真っ赤になっているだろう?」


 言われて見ると、たしかに母の顔は真っ赤になっていた。


 両手で口や鼻を覆い、ぷるぷると震えている。


「お母様、かわいいです!」


「可愛いですよ、お母様」


 マリーも俺も同時に母を褒める。


 そこで彼女の羞恥心は完全に崩壊した。


 隣で笑みを浮かべる父の襟首を掴み、ぐわんぐわんと揺らしてぶちキレる。


 ぎゃあぎゃあうるさい両親を放置して、再び視線を外に向ける。


 人がいなくなったことでわずかに速度を速めた馬車の外では、広大な自然が広がっていた。


 そろそろ森に入る頃だ。




 ▼




 馬車が何時間もかけて王都を離れる。


 すでにかなりの距離を踏破した。もう王都を囲む外壁すら見えない。


 ここまで来ると昼食のために一度馬車を停める。


 森の中なので、護衛の騎士たちが数名、周囲に展開した。


 メイドたちが昼食を用意する中、ちょいちょいっとミラをこっちに呼ぶ。


 両親と妹、ミラと自分が集まって固まる。


 すると俺は、スキル〝インベントリ〟からお茶の入った水筒を取り出した。


 インベントリの中では時間が経過しない。ゆえに、温めておいたお茶を入れておけば、温かいまま飲める。


「お兄様、それは?」


「これはお茶だよ。ちょっと王都で珍しい茶葉が手に入ってね。面白そうだったから自分で淹れてみたんだ。みんなも飲んでみてよ。感想が知りたい」


 そう言って自分を含めた全員分のお茶をコップに注ぎ、ぐいっとまずは自分が飲む。


「うん、美味しい。我ながら上手く淹れられたんじゃないかな?」


 次にそれを見た両親や妹、ミラがお茶を飲む。


「ん……たしかに飲んだことのない味がするね。けど、まだまだメイドには及ばない」


「ちょっとだけ苦いわ。けど、私も嫌いじゃない」


「私は十分に美味しいと思いますよ、お兄様! すごいです。お兄様はお茶も淹れられたんですね!」


「美味しいです、ネファリアスさま」


 父、母、妹、ミラの順番でそれぞれが感想を漏らす。


 両親はさすがに美味しい紅茶などを飲み慣れているだけあって厳しいな。


「あはは、まだまだ精進が必要らしい。けどありがとう、マリー、ミラ。二人は優しいねぇ」


 なでなで、なでなで。


 マリーとミラの頭を優しく撫でる。


 その後も俺たちは、のんびりとお茶を飲みながら昼食の準備を進めた。


 そして、




「…………」




 両親、それにマリーとミラが夢の世界へ落ちる。


 俺以外の全員がその場で意識を失っていた。

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