第69話 ウソツキ

 勇者イルゼと騎士団長エリカにより、王都から北西に位置する大都市〝ノートリアス〟の調査依頼について来てほしいと頼まれた。


 それを引き受けて、ふと俺は思う。


「みんなとは、ここでお別れか……意外と、短い日々だったな」


 そう小さく呟くと、直後にガタン、という音が背後で聞こえた。


 咄嗟にバッと後ろを振り向くと、ぎぃ、とわずかに部屋の扉が開く。


 だれか聞いていたのか? と思って心臓が高鳴るも、扉の前に立っていたのは——メイド服に袖を通した、赤髪の少女ミラだった。


 かすかに震える手で扉をゆっくりと開けると、怯えた表情で彼女は俺を見る。


 その瞳に、ありありと悲しみの感情が浮かんでいた。




「み、ミラ……もしかして、いまの話聞いてた?」


 とことこと俯きながら部屋の中に入ってくるミラを見て、バクバクと心臓が早鐘を打つ。


 おそるおそる彼女に訊ねてみると、ミラはこくりと立ち止まって頷く。


 ——やっぱりか。


 失敗したな。普段はひとりだから思わず口に出してしまった。


 いや、タイミング悪くミラが部屋の前にいるなど、だれが予想できるだろうか。


 どう言い訳するべきか悩んでいると、俺が口を開くより先にミラがバッと顔を上げた。


 その顔に、大粒の涙が浮かんでいる。


「なんで……どうして、お別れなんですか? 私たちのこと、ですよね? ずっと、ずっと変だなって思ってて……なぜか、ネファリアス様がいなくなっちゃような気がしてて……それで、さっきの話が……」


「ミラ……」


 確実に彼女は気付いてる。俺がアリウム男爵家のもとから立ち去ろうとしているのを。


 どうやってその答えに行き着いたのかは知らないが、最近の俺の行動はやや不審に映ったのは間違いない。


 大切な妹のマリーを置いて何度も外へ出かけたり、出かけた内容をはぐらかしたり、荷物をまとめようともしなかったりとかなり怪しい。


 それでもバレるとは思っていなかった。


 しかし、ミラは最初から気にしていたのだろう。誰よりも人の目を気にするあまり、俺の行動に不信感を抱いていた。


 それが、先ほどの言葉で爆発したと思われる。


「ご、誤解だよミラ。俺はミラたちの下から離れたりしない。さっきのは、ここ数日お世話になってた勇者イルゼや、第三騎士団の人たちとお別れってことだよ」


「第三……騎士団?」


「うん。実はここ数日、第三騎士団の人たちと手合わせをしていてね。勇者イルゼの勧めで、剣術を磨いていたんだ」


「どうしてネファリアスさまが、勇者様と?」


 泣きながらミラが首を傾げる。


 そうかそこからか。


「マリーから話を聞いてない? 王都へやってきたのは、勇者誕生のパーティーに呼ばれたからなんだ。その会場には当然、勇者イルゼもいてね。彼とたまたま仲良くなる機会があったんだ。それで、精鋭と名高い第三騎士団を紹介してもらったってわけ」


「そう言えば……前に、ネファリアスさまとデートしたってマリーさまが言ってた。その時に、勇者様も一緒だったって」


「そうそう。俺たちはそういう仲なんだ」


 どういう仲だよ、と自分で自分に訊ねる。




 俺と勇者は別に深い仲ではない。仲良しでもない。一方的に懐かれている関係だ。


 しかし、それを知らないミラは、何度かこくこくと頷いてから涙を拭いた。


 たぶん、誤解は解けたかな? 誤解ではないけど。


「すみ、すみません……わたし、ネファリアスさまがいなくなると思って、すごく、不安で……」


「よしよし。気持ちはわかるよ。だから泣かないでほしいな」


 涙を拭いても涙を流すミラを見かねて、俺は彼女のそばまで寄ると、その華奢な体を抱きしめた。


 ひどく小さな体だ。


「たしかにミラを助けたのは俺だけど、いまのミラには、俺以外にも大切な人がいるだろ? 俺の両親や、同僚、それに……ミラを大切にしてくれるマリーが」


 マリーとミラはすぐに仲良くなった。


 お互いに、「お兄ネファリアス様のどこが好き?」という話題で盛り上がっているらしい。


 兄としてはそんな不健全な話題で盛り上がってほしくはないのだが、急激に距離を詰められているようでホッとする。


 他にも、一緒にお茶を飲んだりお菓子を食べたりしてるらしい。


 貴族とメイドの間柄ではないが、そんな優しい子だからこそ、俺はマリーが大好きなのだ。


 だれにでも優しい彼女が。


「はい。はい。マリーさまも大好きです。いつも優しくしてくれます」


「なら、いちいち俺のことばかり気にして泣かないようにしないとね。何度も言うけど、あくまでミラはマリーのメイドなんだから」


「……はい。解っています。ネファリアスさまから受けた恩を、必ずマリーさまのために返します!」


「うんうん。その上で自分も幸せにしなきゃだめだよ、ミラ」


「頑張ります!」


 ようやく泣き止んだミラ。


 抱きしめていた腕を離すと、少しだけ残念そうにしていた。


 だが、俺は内心でそんなミラに謝る。


 俺の言葉はすべて嘘だ。本当は、ミラとは近いうちに別れることになる。


 それでも嘘をついたのは、マリーとミラのため。


 二人の幸せを願い、俺は彼女を廊下へと見送った。




 別れの日は、もうすぐ目の前までやってきている。

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