第68話 別れの時は近い

 勇者イルゼと、騎士団長のエリカからとんでもない話を聞く。


 それは、勇者イルゼに課せられた任務に、第三騎士団も同行するからそれに一緒について来てほしい、というものだった。


 それ自体は問題ない。


 すぐ近くで主人公たちと一緒に行動できるのは、俺のすべてのヒロインを助ける目的に合致する。


 デメリット以上のメリットがあった。




 しかし、問題はその任務の内容だ。


 まさか、本来はもっとずっと先になるはずの大都市〝ノートリアス〟への遠征とは……。


 ゲームの頃の記憶を思い出して、心臓がぎゅっと強く縮まる。


 実際にはなんら変化などないのに、バクバク痛いくらいに鼓動を打っていた。


「ネファリアスくん? どうしたの、急に立ち上がって。ノートリアスになにか思い入れでも?」


 立ち上がって驚愕する俺を見た勇者イルゼが、首を傾げて訊ねる。


 そこでハッと意識を取り戻し、


「い、いや……なんでもない。ただ、初の遠征がすごい遠いからびっくりしただけだよ」


 と言って誤魔化してから席に座り直す。


「あはは。気持ちはよくわかるよ。僕も最初、国王陛下から同じことを言われた時はびっくりしたからね」


「でも、王都の近くはそこまでモンスターによる被害には遭っていない。勇者の力が必要になるのは、必然的に王都から離れた街になるわ」


「まあ、それはそうだけど……」


 団長エリカが言ってることは正しい。


 王都は王国の主要都市。


 その周辺にある町や村々は、基本的にもっとも強く王国の恩恵を受けている。


 移動が楽だから、モンスターによる被害を受けてもすぐに助けに行けるし、定期的に巡回のようなこともしてる。


 それに加えて、王国の外側にはより危険な存在が集まりつつある。


 王都にいる勇者や強者にバレぬよう、ひっそりと遠くで戦力を蓄えているのだ。


 ゆえに、ゲームでも勇者の冒険は遠くにばかり足を運んでいた。


 理解できるしすべて解っている。


 解っているが、俺の疑問とこの不思議な予感は、なにも現地が遠いから気にしているのではない。


 先ほどの言葉は嘘だ。距離なんてどうでもいい。


 問題になるのはその目的地であって、しかしそれをゲームの住民である彼らに話すわけにはいかなかった。


 下手すると異端として認定され、火あぶりの刑にでも処されかねない。


 その筆頭でもある勇者イルゼと団長には、なおさら俺の前世のことは口にはできなかった。


「なに、心配しなくていいよ。ただの調査だし、一番たいへんなのは行きと帰りだろうからね」


 そう言って笑う勇者イルゼ。俺はぜんぜん笑えなかったが、本音がバレないように苦笑してみせた。


 騎士団長のエリカも、


「そうなのよね……何日もお風呂に入れないわ」


 と遠征の内容を嘆いていた。それは実に女性らしい悩みだ。


「そういうわけで、風呂にも入れない過酷な旅を承知の上で、ネファリアスくんには参加してほしい。大丈夫そうかな?」


「……ああ、平気だ。頑張らせてもらうよ」


「やった! これで安全度が増したわ」


 グッと拳を握り締めて騎士団長エリカが喜ぶ。


 勇者イルゼもニコニコだ。そこまで喜ばれると、少しでも頑張りたいと思うから不思議である。


「それじゃあ詳しい話はまた後日にしましょう。いま全部を突っ込むと、思考がこんがらがるからね」


「うんうん、それがいいね。じゃあ、そろそろ僕たちは戻るよ。ごめんね、いきなり時間を貰って」


 席を立つ勇者イルゼとエリカ。


 ぺこりと頭を下げてお礼を言うあたり、彼はずいぶんと立派な紳士になったな、と思った。


 首を横に振って、


「構わないよ。団長が言っただろ? 俺も騎士団のメンバーだと。ついていくのは当然のことさ」


 と返し、二人は笑顔で店を出る。


 俺も残った紅茶を一気に飲み干し、覚悟を決めて店を出た。




 ▼




 店を出てすぐに宿に戻る。


 妹や両親、使用人たちと挨拶を返してから自室にこもると、そこで静かに先ほどの話を思い浮かべる。


「ノートリアスへの遠征、か。いろいろと不安ばかりが脳裏を過ぎるけど、今後のことを考えると、彼女たちについて行くのは必至。俺も、調べたいことがあるし……」


 遠征の厳密な日にちは決まっていない。


 それは要するに、この先に遠征の話が出てくるってことだ。


 ということは、間違いなく俺がアリウム男爵領に戻るほうが早い。


 依頼を受けた以上、やはり決意を持って家族と別れるべき日がやってきたのだ。




「みんなとは、ここでお別れか……意外と、短い日々だったな」


 そう小さく呟くと、直後にガタン、という音が背後で聞こえた。


 咄嗟にバッと後ろを振り向くと、ぎぃ、とわずかに部屋の扉が開く。


 だれか聞いていたのか? と思って心臓が高鳴るも、扉の前に立っていたのは——メイド服に袖を通した、赤髪の少女ミラだった。


 かすかに震える手で扉をゆっくりと開けると、怯えた表情で彼女は俺を見る。


 その瞳に、ありありと悲しみの感情が浮かんでいた。

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