第67話 物語が動く

 そこそこ難易度の高いダンジョンをクリアした俺は、新たに追加されたスキルと、上昇したステータス、貴重な装備にほくそ笑みながら地上へ戻る。


 まっすぐ王都にある宿へ帰ると、そこで両方見知った男女を見かけた。


 二人とも俺に用事があって来たらしい。


 挨拶を終えるなり、単刀直入に言った。


「やあ、こんにちはネファリアスくん。今日はネファリアスくんに話があってここまで来たんだ」


「話?」


 俺の疑問に答えてくれたのは、金髪碧眼の勇者イルゼ。


 その隣に並ぶ団長エリカが、彼の言葉にこくりと頷いて続ける。


「ええ。勇者様と私たち二人が、ね」


 片方の用事ではなかった。珍しいことに、勇者と騎士団長、双方からの話だ。


 二人はストーリーの進行上、なにかと一緒に行動することが多い。


 事実上、勇者イルゼが騎士団を率いてさまざまな困難に立ち向かっている。


 そんな二人が揃って俺に用があるってことは、恐らくストーリー絡みの件かな?


 そう予想した俺は、ちらりと泊まっている宿の二階を見上げてから、かぶりを振って笑みを作った。


 マリーやミラ、両親に悪いと思いつつも、ふって湧いたチャンスは逃さない。


 これがどうストーリーに関係あるのかたしかめないと。




「わかった。二人の話が気になるし、どこかお茶でも飲みながら聞こうか」


「あら、話が早くて助かるわ。さすが、次期副騎士団長ね」


「それは他の団員たちの前では言わないでくださいよ……確実に俺がいじめられるので」


 第三騎士団をまとめる最強の槍使い、エリカ・クルス・フォーマルハウトが信じられないことをさらりと言ってのけた。


 思わず俺は、きょろきょろと周りを見渡してしまう。


「そうかしら? あれだけの立ち回りを見せたのだから、誰も反対しないと思うわよ?」


「実力と経験は違いますよ。入ったばかりの俺が副騎士団候補とか言われても、昔から所属していた騎士の反感を買うだけ。別にそこまでの高待遇を願ってるわけじゃありません」


「へぇ……意外と謙虚なのね」


「処世術ってやつですよ」


 だれだって職場では周りと険悪な関係にはなりたくない。できることなら仲良くしたいと思ってる。


 だから俺は、彼女の提案を突っぱねた。いち団員で構わないと。


 しかし、


「ふうん。まあ、考えておくわ。あくまで考えて、ね」


 団長は始めから俺の話など聞く気がないように見えた。


 不敵な笑みを頬に刻み、すたすたと俺の横を通り抜けると、イルゼと俺に、「近くにいい店があるわ。ついてきて」とだけ言った。


「あはは。ネファリアスくんものすごい期待されてるね。あそこまで誰かに期待するエリカは初めて見たよ。付き合いはかなーり短いけど」


 エリカの言葉にくすりと笑いをこぼした勇者イルゼが、そう言って団長の背中を追いかける。


 そのとき、ぱしりと彼に手を握られて引っ張られた。


 不満は残っているが、渋々それを呑み込んで彼らに続く。


 いまは俺の将来より、ストーリー関連の話だ。


 果たしてどのストーリーの内容が出てくるのか。おおよそ検討は付いてるが、早まったシナリオがどんな風に物語を進めるのか。


 それだけが気になった。




 ▼




 エリカの案内で、比較的宿から近いカフェに足を踏み入れる。


 決してオシャレとは言えないが、地味でいて雰囲気のいい店だ。


 あまり人はいないのか、空いてる席に三人で腰を下ろす。


 俺の隣にはだれもいない。


 話が二人からあるという関係上、勇者イルゼと団長エリカは隣同士の対面に座った。


 コーヒーやら紅茶やら、注文した飲み物が届いてから会話を始める。


「……それで、話とは?」


「そんな風に身構えなくてもいいわよ。別に難しい依頼や頼みがあるわけじゃないから」


 俺のやや真剣な表情に、団長エリカが肩を竦める。


「難しい依頼じゃない? 俺になにかを頼むつもりだったんですか?」


「ええ。ちょっと国王陛下から直々に依頼を頼まれたのよ。勇者イルゼを伴って、街の調査に行ってこいって」


「いやぁ……恥ずかしい話、僕はまだ実戦を経験したことがないんだ。だから、ひとりで外に出すには不安が残るってことで、しばらくは第三騎士団のメンバーに同行してもらう」


 これはストーリー通りの流れだ。


 ゲームの頃も、同じ理由で勇者イルゼと騎士団は行動を共にしていた。


 そうなると、国王陛下からの命令といい、確実にシナリオが進行する流れだ。やはり、本来よりずっと早い。


 ごくりと生唾を飲み込み、より核心的な話を訊ねる。


「ってことは、その勇者イルゼと第三騎士団の依頼に同行すればいいんですか?」


「ええ。まだ正式に受け入れたわけではないけど、あなたは一応は第三騎士団ウチのメンバーでしょ? ちょっと嫌な予感もするから、戦力は大いに越したことがないのよ」


「嫌な予感? どこに行くんですか、そもそも」


「王都より北西に位置する大きな都市————〝ノートリアス〟よ」


「ノートリアス!?」


 嘘だろ、と言わんばかりにテーブルを叩いて席を立つ。


 まさか、このタイミングでその名前を聞くとは思わなかった。


 ありえない、とわかりやすく感情を浮かべたまま、目の前の二人を見つめる。


 二人は、揃って真剣な表情だった。

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