第60話 妹とメイドは仲良し

 王都の騎士団に所属する騎士たちはなかなかに強かった。


 これまでほとんどモンスターとの戦闘でレベルを上げていた俺にとって、一対複数による戦闘は勉強になる。


 以前、この街に来る前に盗賊たちと刃を交えたが、騎士だけあって彼らより強かった。


 無論、ギフト持ちがいなかったことを含めると、盗賊も騎士団もどっこいどっこいだとは思う。


「たしか騎士団でギフトを持っているのは、騎士団長のエリカと副騎士団長だったかな」


 あまり詳しくは覚えていないが、二人くらいは第三騎士団に持っている者がいたはず。




 しばらくあれやこれやと今後の訓練に関して想いを馳せていると、ぎぃ、という音を立てて扉が開いた。


 説教を終えたエリカが戻ってきた。


「ごめんなさい、待たせたわね」


「いえ。俺もゆっくり休むことができたので」


 扉を閉めてエリカが対面のソファに座る。


「それよりどうでしたか、俺の実力は。騎士団に入団できるくらいには強かったですか?」


「ふふ、あの戦いっぷりのあとでそれを言うと嫌味にしか聞こえないわよ? もちろん合格。あなたほどの即戦力なら大歓迎するわ」


「よかった」


 心の底から出た言葉だった。


 万が一にも、「まだ早い」とか言われたら困っていたところだ。


 他にも王都に残る手段はあるが、主要メンバーたちに近付くチャンスは惜しい。


「ひとまずいまは、仮入団という形にしておきましょう。そのほうがあなたも嬉しいんじゃない?」


「そうですね……正式加入はもう少しあとだと助かります」


「問題ないわ。いまのところ急ぎの用事もないし、訓練に出てもらえれば部下たちのいい刺激にもなる」


「また今日みたいな練習だったら俺の体がもちませんよ」


「ウソばっかり。あなたにはまだ余裕があるように見えたわ。ちゃんと私も相手をしてあげるから頑張って」


「エリカ団長が?」


 それは願ってもいない提案だ。


 彼女はいまの俺よりも強い。強者との安全な戦闘経験は、いまは一つでも大いに越したことはない。


「ええ。私の相手はもっぱら副騎士団長だったんだけど、新しいギフト持ちの子が入ってきたからね。相手が増えて退屈しないわ」


「それは何より。じゃあまた後日、詳しい話を聞きにきますね」


「もうそんな時間? 楽しい時間はあっという間ね」


「本当に」


 そう言ってソファから立ち上がる。


 ここに来たのが昼頃くらいだとしても、すでに夕方になりかかっている。


 まだ時間には余裕があるが、早めに帰っておかないとマリーたちが心配するだろう。


 ぺこりとエリカに頭を下げてから部屋を出る。


 俺を見送るエリカの瞳は、どこまでも楽しそうだった。




 ▼




 まだ明るい道を通って宿に帰ると、楽しそうに談笑する二人の少女の声が聞こえた。


 マリーとミラだ。


 ミラは奴隷の少女で、前の主人に虐待を受けていた。


 俺以外の人間を簡単に信用できないものだとばかりに思っていたが、どうやら杞憂だったらしい。


 彼女たちの話のあいだに入るのはやや忍びないが、コンコン、と優しく扉をノックする。


 中からミラの声が聞こえてきた。


「はい、どなたでしょうか」


「ネファリアスだよ、ミラ」


「ネファリアスさま? お帰りになっていたんですね」


 ミラが扉を開ける。


 部屋の奥のソファに座るマリーが、こちらに手を振っていた。


 彼女に手を振り返してからミラに答える。


「たったいまね。中から楽しそうな会話が聞こえてきたから寄ったんだ」


「はい、とても楽しいです! マリーゴールドさまはとっても優しいです」


「マリーは天使の生まれ変わりだからね。この世の誰よりも優しく尊い」


「まあ、お兄様ったら口が上手い」


「とりあえずお入りください。席へどうぞ」


「ありがとう、ミラ」


 彼女に先導されてマリーの対面の席に座る。


 紅茶は用意されたばかりなのか、ティーカップに注がれた液体からはほのかに湯気があがっていた。


 外に出て疲れていたこともあって、差し出された紅茶を一口飲む。


 うん、美味しい。


「ミラの仕事っぷりは順調かい、マリー。まだ初日だけど」


「そうですね。頑張ろうとする姿勢がよく解ります。口調も敬語に慣れているからか問題ありません。あとは時間が、自然と彼女を立派なメイドに変えるでしょう」


「おお、ずいぶんな高評価だね」


 まだメイドになったばかりだというのに悪くない。


 さすがはサブヒロイン、と言うべきなのかな。


「お兄様がわざわざ連れてきた子ですからね。今日なんてずっと私のお話を聞いてもらいました」


「なんの話を?」


「お兄様の話です」


「俺の?」


「ネファリアスさまがいかに優れている天才かを、マリーゴールドさまに教えてもらいました! 盗賊を返り討ちにした話なんてすごく燃えましたよ!」


「あー、なるほどね」


 そういう話か。


 あまり血なまぐさい話もどうかと思うけど、二人は気にした様子もない。


 異世界だからなのか、彼女たちが逞しいからなのか。個人的には校舎のように思えた。


「まあ、二人が楽しんでくれたならよかった」


 ミラをうちのメイドにしたのは正解だったね。




 その後も彼女たちから、今日の話の一部を聞いた。


 全部俺の話だった。


 羞恥心が爆発するかと思ったよ。

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