第59話 実力を示す

 団長エリカに炊きつけられた騎士たちが、完全武装の上で中庭に戻ってくる。


 まだだれと戦うか言ってもいないのに、全員が武装する意味はあったのだろうか?


 そんな疑問を脳裏に浮かべながら彼らの様子を窺っていると、ふいにエリカがこちらに振り向いた。


「さあて、彼らの準備は終わったわ。ネファリアスくんも準備はいいかしら」


「ええ。いつでもいけます」


「だったらそうね……あなたから感じた力量を鑑みるに、——この場の全員と戦ってもらいましょうか」


「…………え?」


 俺だけじゃない。


 中庭に集まった完全武装の騎士たちも、動揺を見せる。


 動じていないのは、言いだしっぺのエリカだけだ。


「だから、一対全員。ネファリアスくんくらい強いと、彼らにハンデは必要だと思うの」


「圧倒的不利の間違いじゃなくて?」


「あら。怖かったら断ってもいいわよ。あなたの力量を過大評価したのは私だし」


「…………」


 ぐぬぬぬ。そこまで言われると退きたくない。


 子供っぽいプライドだと笑いたければ笑うがいいさ。


 しかし、ここで彼女の予想を上回る結果を出せば、騎士団での俺の発言力、または影響力が増す。


 今後の仲間たちにも実力を示せるし、決して悪い話ではなかった。




 ハァ、と盛大にため息をついてから、再び視線をエリカに戻すと、俺はハッキリと告げる。


「わかりました。やります」


「それでこそ逸材ね。はい、あなたの木剣よ」


「ありがとうございます。たぶん、手加減できないかもしれないので、多少の怪我は受け入れてくださいね」


「言うじゃない」


 スタスタと動揺したままの騎士たちのもとへ歩み寄る。


 見送ったエリカに背を向け、スッと木剣を前に出した。


 中段で構えると、その意図を察した騎士たちが戦闘態勢に入る。


 よく鍛えられている。反応がいい。


 そんな感想を内心で口にしながら、念のために声をかけた。


「不遜にも皆さんの相手をさせてもらいます。どうか、——全力でかかってきてください」


 そう言うと、先頭に立った男の一人がくすりと笑う。


「ははっ。今回の新人はずいぶんと口がデカい、——ね!」




 言い終えるのと同時に、騎士は地面を蹴る。


 重圧な鎧をものともせずにこちらへ迫ると、素早く剣を振り下ろした。


 冷静にその一撃を止める。


 カーン、という乾いた音が響いた。


 初撃に続いて、目の前の男は何度も剣を振る。


 熟練の騎士らしく悪くない攻撃だったが、なまじレベルが高い俺には、十分に反応できる剣速だ。


 そのすべてを完璧に合わせて防御すると、騎士の後ろから複数の騎士がやってくる。


 互いに攻撃があたらないよう配慮しながら、前後左右、俺を挟んで剣を振る。


 ——さすがに手数が多すぎるな。


 回避と防御だけでは間に合わなくなる。


 ステータス的に能力値はこちらのほうが上だ。守ってばかりいないで、攻めに出たほうがいい。


 背後からの一撃をノールックで防御しつつ、わずかに姿勢を落とす。


 体重を足に傾けてから、次の攻撃が振り下ろされる直前に、勢いよく地面を蹴った。


 まずは正面。


「————っ」


 攻撃態勢に入った最初の騎士へ迫る。


 剣が届く範囲まで近付くと、目の前の男は迷いなく剣を凪いだ。


 それを軽々と防ぐと、最後にもう一歩いっぽ左足を踏み込む。次いで、がら空きの騎士の胴体に、向かって右足で蹴りを打ち込む。


 俺くらいSTRが高いと、ただの蹴りでも鎧を打ち抜ける。


 強い衝撃を喰らって、眼前の騎士が後方へ吹き飛んだ。


 周りを囲む騎士たちのあいだに、わずかな動揺が走る。


 動揺を覚えれば、刹那の戦闘において致命的な遅れが生じる。


 それはタイミングを狂わせ、速度を狂わせ、気合を狂わせた。


 ワンテンポの遅れが、一人、また一人と俺の刃の餌食になっていき……ものの十秒ほどで、さらに数名の騎士が地面に倒れた。


 わりと本気で打ち込んだため、木剣であり、なおかつ鎧を着ていても内側にかなりのダメージが入ったはずだ。


 倒れた騎士たちはすぐには立てず、数を減らされてさらに残りの騎士たちが焦る。


 こうなると、もはやただの作業だ。


 動きを鈍らせた残りの騎士たちに刃を振り下ろす。


 あっけなく勝敗は決した。




「——そこまで!」


 ぴしゃりとエリカの大きな声があがり、立ち上がろうとしていた騎士たちの動きが止まる。


 何人もの騎士が鎧を付けたまま転がる様子を一瞥すると、唯一立っている俺を見て、エリカは満足げに笑った。


「ん————! 予想以上の大物ね。やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」


 嬉しそうにそう言うと、


「お疲れ様。あなたは先に戻ってて。さっき話してた部屋、覚えてる?」


 すぐに話を切り替える。


「ええ。問題ありません」


 来た道を戻るだけだ。それくらい覚えてる。


「そ、よかった。私は少しだけ彼らに渇を入れてから戻るわ。また後でね」


 ひらひらと手を振って、エリカは倒れている騎士たちのもとへ向かった。


 すれ違い、逆に吹き抜けの廊下へと戻る俺。


 背後から、エリカの説教が聞こえてきた。

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