第58話 入団テスト
ダンジョン攻略を終えてから、約束どおりエリカに会いに行く。
駐屯所の正門を守る騎士のひとりに案内され、彼女の部屋に入ると、
「こんにちは。ようこそ第三騎士団へ。あなたの来訪を歓迎するわ」
奥の執務机で絶賛仕事中のエリカが、口元に笑みを刻んでそう言った。
俺も挨拶を返す。
「こんにちは、エリカ団長。今日は先日の約束を果たしに来ました」
「そのようね。話が早くて助かるわ。ソファにでも腰を下ろしてゆっくりしてちょうだい。先にこの資料にだけでも目を通したいの」
「わかりました。すみません、急に訪れて」
促されるままソファに腰を下ろす。
案内してくれた騎士は、すぐに部屋を出ていった。恐らくまた正門を守りに行ったのだろう。
「私が来てほしいっていったのに、あなたが謝るのはおかしいでしょう? ——って、そう言えばあなたの名前、まだ聞いてなかったわね。差し支えなかったら教えてくれないかしら」
「ネファリアス・テラ・アリウムと申します」
「アリウム? アリウムってたしか、南方に領をもつ男爵貴族かしら」
「ええ。よくご存知で」
「貴族と付き合いがあると、自然と覚えちゃうのよね。でもそっか、あなた、ネファリアスくんは貴族の子息なのね。それなら騎士団に所属するのは難しいかしら?」
「——いいえ」
彼女の問いに、即行で首を左右に振った。
ぴくりとエリカの動きが止まる。
資料に移していた視線を、ゆっくりとこちらに向ける。
「俺はアリウム男爵の地位を継ぐつもりはありません。それは妹の婿殿にでも任せます」
「わざわざ爵位を譲ってどうするの? 貴族じゃなくなるといろいろ不便よ」
「承知の上です。承知の上で、あなたの騎士団に加えてほしい。貴族のネファリアスではなく、ただの個人としての俺を」
「……ふうん」
ぱさり、と資料を机に落として彼女は不敵に笑った。
両腕を目の前で重ねると、興味深そうな目で俺を見つめる。
ほんの数秒の間をおいて、
「面白い。すごく面白いわね、君。貴族としての地位を捨ててまで、騎士になって、あなたは何がしたいの? どうして騎士になりたいの?」
「果たすべき目的があるからです」
間髪いれずに、彼女の問いに答える。
「果たすべき目的?」
「はい。俺にはやらなきゃいけないことがある。そのためには、騎士団に入るのが一番手っ取り早いってだけですよ。特に、あなたの第三騎士団に入るのが」
「へぇ……ずいぶんと覚悟の入った回答ね。その目的を聞くのはありかしら?」
「話せることはありません。話したところで信じられるはずもないでしょうから」
「それでも入れてほしいと」
「スカウトしたのはあなたでしょう? 俺は、そのお眼鏡にかないますよ」
ここは自信をもって自らの力量をアピールする。そっちのほうが彼女は好きだろうから。
予想は的中した。
くすくすとエリカが笑う。
「ふふ……いいわ。いいわね、あなた。面白い。私が探していた人材に見合うかどうか、部下を使ってテストしてあげる」
「テスト?」
てっきり彼女と剣を交えるかと思っていたが、その部下が相手か?
「ええ。あなたが第三騎士団、私の部下に相応しいかどうかのテストよ。自信がなかったら断ってもいいわ」
「もちろんやります。相手が団長じゃなくて残念ですけどね」
「私の場合、下手するとあなたに大怪我を負わせる可能性もあるから、まずは部下と戦って力量を見せなさい。中庭のほうへ案内するわ」
そう言うと、エリカは席を立つ。
コツコツと靴音を鳴らして入り口のほうへ移動したので、俺もソファから立ち上がって彼女の背中を追いかける。
廊下に出てぐるりと右へ進む。
しばらく無言で廊下を突き進むと、やがて男たちの野太い声が聞こえてきた。
吹き抜けの廊下を渡った先、広々とした平坦な中庭には、何人もの人影がぶんぶん一心不乱に剣を振っている。
近付くと、鎧は付けていないが、屈強な騎士たちが見えた。
「全員、——傾聴!」
エリカの澄んだ声が中庭に響く。
それを聞いた途端、汗だくで木剣を振っていた騎士たちが、一斉に動きを止めてこちらを向いた。
統率のとれた集団だと解る。
「訓練中にごめんなさい。今日はあなたたちの仲間になるかもしれない子を連れて来たわ。彼の名前はネファリアス。入団希望の男の子。見た目は若いけどかなりの使い手よ」
エリカに紹介されて一歩前に出る。
じろじろと好奇の視線に晒された。
「これからあなたたちには、準備をして彼、——ネファリアスと打ち合ってもらいます。私からの助言を聞き受けるなら、そうね……決して手は抜かないようにしたほうがいいわ。怪我するかもしれないし」
最後に嘲笑のような笑みを零すと、やや動揺していた騎士たちの目に、決して小さくないプライドの炎が宿った。
やれやれ……エリカ団長は人を炊きつけるのが上手いと見える。
俺のほうも真剣に相手しないといけないらしい。
準備のために移動を始めて騎士たちを眺めて、素直にそう思った。
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