第53話 騎士団長

 朝食を終える。


 少しだけバタバタとした時間を過ごしたものの、本日の予定には支障はない。


「それじゃあ、お父様、お母様、マリー、ミラ。俺は用事があるから外へ行くね」


 口許を拭いて席を立つ。


「本当に今日はマリーと遊んでくれないのですか、お兄様」


「ごめんねマリー。本当は俺も遊びたいけど、どうしても外せない用事があるんだ。俺の代わりにミラのことを頼むよ」


「……はい。解りました」


 いろいろと言いたいことがあるって顔を浮かべながらも、マリーはそれらの感情を呑み込む。


 本当によくできた妹だ。


 マリーの頭を撫でながら、ひそひそと最後のお願いも確認しておく。


「くれぐれも外には出さないように。彼女はあまり人目が好きじゃないらしいから」


「ええ。もともと彼女には仕事を覚えさせなきゃいけませんし、お父様たちも許してくれませんよ。危険ですから」


「そっか。ならよかった。じゃあね、マリー」


 心配事が消えたので、俺は一足先に食堂から立ち去る。


 ミラが心配そうに俺のほうへ視線を向けていたが、あえてそれを無視する。


 これから先は、ミラはミラの人生を歩まなくちゃいけない。


 不安定な俺に依存されても困る。


 だから心を鬼にして、彼女とは距離を置きつつ急いで宿を出ると、街の外へと向かった。


 どこに行くのかって?


 もちろん、王都に来たら絶対に寄りたいと思っていた場所だ。




 ——ダンジョン。


 アリウム男爵領にある攻略難易度の低いダンジョンではない。


 王都には、それを軽々と凌駕するほど恐ろしいダンジョンがいくつもあった。


 そこを滞在期間中に攻略し、今後に備える。


 装備は〝インベントリ〟の中に入っているので問題ない。


 脇目もふらずにまっすぐ外を目指した。




 ▼




 ネファリアスが、王都の外にあるダンジョンへ向かっている最中、事件のあったとある貴族の邸宅内を歩き回っていたひとりの女性騎士が、いまだ回収の終わっていない死体を見下ろして考える。


「見れば見るほどキレイな傷口……他の死体もそうだったけど、ずいぶんと腕の立つ侵入者よね」


 脳裏に浮かぶのは、自分にも匹敵しそうなほどの腕を待つ謎の犯罪者。


 貴族の私兵をほとんど一撃で切り捨てるほどの実力など、彼女が率いる騎士団のメンバーでも、片手で数えられるくらいしかできない芸当だ。


 それも、薄暗い夜の中で、時間をかけずに行ったことを考慮すると、部下よりよっぽど優れた印象を受ける。


 だが、あくまで相手は犯罪者。


 貴族を殺したとなると、よほど爵位の高い高位貴族でもないかぎり極刑は免れない。


 殺された貴族が犯罪に手を染めていようと、法的に許された行いでないかぎり、それはただの犯罪だ。


 現場から逃亡したことも含めると、最初からそれを解った上での犯行だと読み取れる。


「惜しい……本当に惜しいわね」


「なにが惜しいんですか? 団長」


 独り言をぶつぶつ呟く女性の背後から、扉を潜ってひとりの男性騎士があらわれる。


 その男性騎士を一瞥すると、団長と呼ばれた彼女は言った。


「今回の事件を起こした犯人のことよ。あなたも死体を見たでしょ? 相当な腕よ。特に彼、この死体の男はギフト持ちだったはず。そんな大物ですら殺せるほどの実力者となると……犯人もまたギフトを持ってると考えるべきでしょうね」


「そうですね。ギフト持ちを倒せるのは、基本的にギフト持ちだけですから」


「ああ……本当に惜しいわ。できればだれよりも先に犯人を捕まえたい」


「まさか……その犯人を捕まえて騎士団に引き入れるつもりですか?」


「あら、よく解ってるじゃない」


 「正解」とお茶目な笑顔で彼女は答える。


 すると男性騎士は、呆れた表情でため息をついてから言った。


「正解、じゃないですよ~。仮にバレたら大目玉じゃ済みませんよ」


「平気よ。どこにも証拠はないし、結果を出せば全部チャラ」


「思考が犯罪者と一緒です団長」


「一緒じゃないわよ! あくまで国の利益を優先してるの!」


「はいはい。団長の考えくらい解ってますよ。どうせいつものアレでしょう? 強いヤツがきたらたくさん訓練ができる! 有意義な訓練が! っていうアレ」


 やれやれ、と男性騎士が転がっている死体を担ぎ上げる。


「自由なのもいいですか、我々のことも少しは考えてくださいよ、エリカ団長」


「それはつまり、あなたたちが私の相手をしてくれるってことかしら?」


「では死体を運びにいってきます」


「おい、逃げるな」


 ぴゅ~、と男性騎士は死体を担ぎながらすごい速さで部屋から出ていった。


 まったく、と団長エリカはため息をつく。


 再び視線が床に零れた血に向かう。




「……こんな人材、逃す手はない、わよね?」


 最後にくすりと笑うと、長い髪を揺らして彼女も部屋から退室した。


 ぎらぎらと輝く瞳が、まっすぐにどこかへ向けられる。




「——あいた!」


 しかし、部屋を出てすぐに、彼女は躓いて転ぶのだった。

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