第52話 両親に紹介

 ミラの髪を拭き終える頃には、両親に朝食の誘いを受ける。


 支度を済ませた俺たちは、遅れないように三人で、一階にある食堂へ足を踏み入れた。


 横長のテーブル席に腰を下ろした両親のもとへ行くと、早速、父が俺の背後にいる少女に気付く。


「おはよう、ネファリアス、マリー。……うん? その子はだれだい?」


「「おはようございます、お父様」」


 俺とマリーの挨拶が重なる。


 ぺこりと頭を下げたあとで、緊張した様子のミラの肩に手を添えて彼女を紹介した。


「彼女はミラ。先日話した奴隷の少女です」


「ああ、彼女が……早朝から連れてくるなんて、ずいぶんと気合が入ってるね」


「マリーのためのメイドですからね。それはもう」


「お兄様……!」


 嬉しそうに頬を朱色に染めるマリー。


 その様子を見て、父が飲み物を片手に笑った。


「あはは。朝から仲がよくて何よりだよ。とりあえず座りなさい。彼女に関しては食事の場で聞こうか」


「解りました。ミラは俺の隣にね」


「は、はい……」


 本来、貴族とメイドは一緒に食事を摂らないが、彼女の場合はまだメイドではない。


 扱いとしては、いまは俺のお客さんってところかな。


 だから特例として席に座らせる。


 強張った表情のまま、ちんまりとミラは席に座って背中を丸めた。


 まるで猛獣を前にした小動物である。


 母はともかく、父は溢れんばかりの癒しオーラが出ているのでそんなに怖くないと思うが、そもそもミラにとっては知らない他人がいるだけで恐ろしいのかもしれない。


 しっかりサポートしてあげようと思いながら口を開く。


「まずは、彼女の名前はミラ。マリーの専属メイドにするために連れてきました」


「ふむふむ。よろしくね、ミラ。私はこの子たちの父である、アルバート・テラ・アリウム。一応、男爵ってことになっているよ」


「妻のキャロラインよ。怒ったりしないから、そんなに緊張しないでね」


「は、はいぃ……よろしくお願い致します、アルバート様、キャロライン様……」


 ミラはガッチガチに緊張していた。


 震える声からもそれが解る。


「ふふ。可愛い子だね。彼女を連れてきたのは、本当にマリーのためだけかな?」


「なにが言いたいんですか、お父様」


「いやいや、もしかすると側室候補だったりするのかなぁ、とね」


「——お兄様?」


 じろり、と隣の席から鋭い視線が飛んだ。


 気のせいか声まで低くて恐ろしい。


 ため息を漏らして父に告げる。


「もう……お父様のせいでマリーが変な誤解をしているようですが? 嫌われたらどうするんですか」


「お兄様を嫌いになるより先に、お父様を嫌うので平気です」


「ならいいか」


 マリーの反応にひと安心。


 ——しない人もいた。


「酷くない!? ネファリアスばかりズルいよマリー! たまにはお父様にもたっぷり甘えてご覧?」


「嫌です。お父様は意地悪ですから」


 両手を広げてみせた父を、マリーが鋭い言葉の刃で切り裂いた。


 あっけなく父が撃沈する。


「む、娘が……反抗期……」


「あなた! いつまでも遊んでいないで食事を摂ってください! マリーもあまりお父様を虐めないように」


 たまらず母がふたりを注意する。


 この空気なら、ミラのことは問題ないな。あとは給料とかそういう相談をするだけだ。


「それで……お父様」


「ん? なんだい、ネファリアス」


「ミラの給料は俺が出すってことで変更はありませんね」


「いやいや、なにを言ってるのかなこの子は。それくらい私が出すよ。雇うのは私だからね。子供に金を出させるなんて問題さ」


 いち早く復活を遂げた父。


 フォークを使って朝食を食べながらにこりとそう答えた。


「では朝食のあとにでも他のメイドにミラを任せましょう。早速、仕事に就くわけだけど大丈夫そう? 疲れてるなら明日からでもいいよ」


 隣を向いてミラに確認をとる。


 すると彼女は、フォークをぎゅっと握りしめて首を横に振った。


 紫色の瞳に、強い覚悟の炎が見える。


「今日から……頑張り、ます! ネファリアス様のために、頑張ります!」


「ミラ……ありがとう。でも無理をしないようにね? 俺にとってはミラは頑張ってくれるのも嬉しいけど、無理せず楽しく過ごしてくれるほうが嬉しいから」


 そう言ってフォークやナイフをテーブルに置くと、腕を伸ばして彼女の頭を優しく撫でる。


 ミラは幸せそうにそれを受け入れた。


「ふふ。なんだかそうしていると、彼女も妹のように見えるね」


「な、なぁっ!? お兄様の妹は私です! マリーです! お兄様! 私の頭も撫でてください!」


「え、え? ああ、うん……」


 父が余計なことを言ったせいで、マリーが興奮してしまう。




 その日は、久しぶりに賑やかな食事となった。


 こういう日も、たまには悪くないね。

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