第51話 世界で一番かわいい妹

「……なるほど。彼女は前に奴隷商で購入しようとした、奴隷の子なのですね」


 マリーに長々と説明すること三十分。


 紆余曲折ありながらもなんとか説得することに成功した。


 まじまじと俺の背後に隠れた少女、赤毛の奴隷ミラを見つめる。


「彼女が、お兄様が求めたわたしの……」


「ああ。ミラ、君にも紹介するね。彼女は俺の妹、マリーゴールド・テラ・アリウム。しっかり者の可愛い可愛い妹だ」


「マリー……ゴールド、様?」


 首を傾げながらもしっかりと妹の名前を覚える。


 俺はうんうんと何度も頷いて言った。


「そう、マリーゴールド様。君を雇った理由は説明したね? 彼女の世話をしてほしいんだ」


「わたしが、マリーゴールド様の、お世話……」


「世界で一番大切な子だから、君によろしく頼むね。まあ、細かい話はどうせあとで両親の前でするし、マリーがよければ、彼女を風呂にでも連れていってくれないかな? さすがに俺が一緒に入るわけにもいかないし、使い方が解らないかもしれないからさ」


 俺たちは貴族だがあくまで底辺貴族。


 下々の者とは一緒に風呂など入れません! というほどベッタベタな上流階級思想に染まっていない。


 それはマリーも同じだ。一応、ひとりで風呂に入れるくらいの知識と経験がある。


「解りました。私にお任せください。これからよろしくね、えっと……」


「ミラだよ」


 ちらりとこちらに視線を配るマリー。その意図を察して、彼女の名前を教えてあげる。


「ミラ。ミラね。覚えたわ。さあ、早速いきましょう、ミラ。早くしないとお父様たちが起きてくるわ」


「あっ……」


 俺の後ろに隠れていたミラの手を、マリーがぱしっと手に取った。


 なんの躊躇もなく汚れた奴隷の少女の手を取るマリー。


 これが一介の貴族令嬢なら、ゴミに触れたくありません! とか叫んでいただろうなぁ。


 両親と俺の、マリーへの教育の賜物だ。




 歩き出したふたりの背中を笑顔で見送る。


「ネファリアス様……」


 ミラがマリーに引っ張れながらも俺を見る。


 瞳の中に若干の不安の色が見えたが、これも彼女が前に進むための一歩だと思い、俺は声をかけない。


 手を振って彼女たちと別れる。




 ▼




 じっくり、たっぷり一時間後。


 自分もお湯に浸かったのか、少しだけ髪を湿らせたマリーと共に、ミラが俺の部屋に戻ってきた。


 優しくタオルでマリーの髪を拭きながら、横目でちらりとミラを見る。


「……うん、ずいぶんとキレイになったね、ミラ」


「そう、でしょうか?」


「キレイになったよ。元からミラの髪はキレイだったし、汚れが取れてルビーのようだ」


 陽光を反射して輝く姿なんて、まさに宝石のごとく。


 女の子はお風呂に入るだけで変われるんだね。すっごい。


「まあまあ! ミラばかり褒めるのはズルいですよ、お兄様。わたしのことも褒めてください」


 タオルの下から妹の抗議の声が上がる。


「マリーはいつでも最高だからね。当たり前すぎて褒めるのを忘れていたよ。もちろん、絹のように細く柔らかいこの髪も、小さく華奢で、まるでお姫さまのような体も、全部好きだよ」


「え、えへへ……お兄様は本当にお上手です。将来、多くの女性を誑かす姿が容易に想像できますね」


「こんなことを言うのはマリーだけさ。だって、マリーより魅力的な女性なんていないもの」


「お兄様……!」


 朝から実の妹と繰り広げるイチャイチャ。


 それを見たミラが、「お二人は仲がいい……!」と小さく感想を漏らした。


 どうやら、ミラからすると、俺とマリーの会話は単なる兄妹のそれらしい。


 両親が見たら頭を痛めるというのに、彼女は物分りがいいな。


 もしくは……そこまで興味がないかの二択だ。


 どちらにせよ、すんなり受け入れてくれるなら、今後も付き合いやすい。


 マリーの髪に付いた水滴を吸収し終えると、今度はミラを手招きする。


 彼女は首を斜めに落とすと、「なに?」という顔で俺を見つめた。


「ほら、ミラの髪も拭くからこっちにおいで。そのままだと髪が痛むし風邪ひくよ」


「……わかった」


 ほんの一瞬だけ理解できなかったミラ。


 それでも三秒後くらいにはこくりと頷き、俺の前にやってくる。


 ベッドを軋ませて腰を下ろすと、ほんのわずかに頬を赤らめた。


 恥ずかしいのかな? まあ、我慢してほしい。


 彼女を幸せにするのが俺の役目でもあるから、これくらいのお節介は焼きたいのだ。


 新しいタオルを手に、ゆっくりと、優しくミラの髪を撫でる。


「それで、お兄様」


「んー? なんだい、マリー」


「これからミラをお父様たちに紹介するのですか?」


「そうだよ。もう起きてるだろうから、朝食の場で説明しよう」


 すでにマリーは気付いている。


 俺が、購入されたはずのミラをどうやってこの宿に連れてきたのか、という疑問に。


 だが、俺は押し通す。ミラを必ず雇うために。


 そう覚悟を決めながら、気持ち良さそうに瞼を閉じたミラを見て、くすりと小さく笑うのだった。

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