第50話 異常性癖持ちのド変態
「……んんっ?」
懐に違和感を感じて目を覚ます。
開いた瞼から差し込む光は、早朝の鮮やかな色で部屋を照らしていた。
ベージュ色の天井を呆然と見つめたあとで、ちらりと眼下へ視線が移る。
するとそこには、俺の腰にしがみ付いているひとりの少女の姿が見えた。
昨日、外道貴族の下から救い出した奴隷の少女、ミラだ。
薄っすらと赤みがかった髪をさらりとひと撫でする。
ずいぶんと長いあいだ風呂に入っていないのか、彼女の髪はややベタついている。それでもキレイに見えるのは、女性だからか、サブヒロインだからか。
どちらにせよ、このままではいけない。
部屋に飾られている時計の針を確認する。
時刻は早朝六時。なんともまあ都合のいい時間に目を覚ましたものだ。
いまなら宿の主人が起きている。金を払い、風呂の準備をしてもらおう。
このままでは、彼女を両親に紹介するのも憚られるからね。
第一印象は大事だ。
「おーい、ミラ。起きろ~」
いまだ俺の体にしがみ付いたまま、規則正しい寝息を立てる彼女の肩にそっと触れると、優しくゆっくりと体を揺らす。
少しして、彼女の瞼が開いた。
ボーっと正面を映す瞳が、だんだん上に向いて俺の顔を見る。
しばしの間を置いて、欠伸とともに彼女は言った。
「ふああぁ~~~~……おはようございます、ネファリアス様」
ずいぶん長い欠伸だなぁ、と思ったが口には出さない。
昨日、あの貴族の屋敷で暴力を振るわれたばかりだというのに、欠伸をしながらゆっくり起きるほどの余裕がある。
それはいい事だ。俺に対して、短いあいだに信頼や信用を抱いてる証拠。
それが嬉しくて、くすりと笑って返事を返す。
「ふふ、おはよう。これからミラを風呂に入らせたいと思うけど、苦手だったりしないよね?」
「お風呂……私が入ってもいいんですか? お湯は貴族の嗜みだって聞きました」
「平民だってお金に余裕があればお湯くらい使えるさ。それに、これからはもうミラはただの奴隷じゃない。男爵家に仕えるメイドだよ。貴族に仕えるメイドが煤だらけだったら、困るのは君を雇った主人だからね。気にせず入りなさい」
「男爵家のメイド……えへへ。わかりました、ネファリアス様」
もそっと動くと、彼女は布団から起き上がる。
敷き布団の端にわずかな汚れが付いている。これもついでに宿の主人に交換してもらおう。
俺もミラと一緒にベッドから降りると、まずは彼女を一階の浴室へ連れていくべく先導する。
「浴室は、一階の階段を下りて食堂の反対側にあるんだ。これから案内するから覚えてね」
「はい」
ぎゅっと俺の服の裾を掴んで一緒に歩き始めたミラ。彼女を連れて扉を開ける。
ぎぃっ、というかすかな音を立てて扉を開く。どこにでもありそうな廊下が視界に映ると、廊下へ出た途端、隣の扉も開いた。
遅れて中から出てきたのは、美しい白髪を揺らす美少女——マリーだった。
お互いの視線が交差し、マリーがにこりと笑って挨拶する。
「あら、おはようございます、お兄様。今朝はお互いに早起き……ッッッ!?」
その言葉が途中で止まり、開かれた瞳がありありと疑問を浮かべる。
視線は俺の横へ移ったので、だれを見ているか一発で判った。
マリーは、俺の隣にいるミラを凝視している。
やや震える声で言った。
「な、なぜお兄様の部屋から……年頃の女が? まさか……お兄様が浮気!?」
「すごい展開だね」
あまりの急展開にめまいがした。
ミラは、マリーの事を知らないため首を傾げている。ぎゅっと、裾を握る力が強くなった。
俺以外の人間はまだ怖いらしい。
彼女の頭を優しく撫でると、どうにか弁解の機会を窺ってみることにした。
「あのね、マリー。この子は——」
「頭を撫でるなんて、よっぽど親密なご関係なのですね、お兄様! 酷い! マリーという存在がいながら、夜を過ごす相手がいただなんて……一体どこで拾ってきたんですか!?」
「犬猫かな? 少しは俺の話をだね……」
「ペットプレイ!? お兄様が、そんな上級な……しかし、マリーは、マリーなら!」
「落ち着いて、ほんとに」
まずい。このままでは俺が、単なる異常性癖持ちの変態にまで降格する。
憧れと尊敬を集めていたはずなのに、一夜の過ちからド変態とかぜんぜん笑えません。
あとサラッと言ってるけど、マリーの覚悟の仕方もヤバかった。
両親にバレたらしばかれるのは俺なのに。
コツコツと靴音を鳴らしてマリーのそばに寄る。
顔を真っ赤にして、さまざまな妄想を膨らませる彼女の肩に手を添えると、俺は必死に弁明した。
ミラが奴隷の少女であること。
俺が変態ではないこと。
これから風呂に連れていき、体を清めたいことなどなど。
混乱するマリーを説得するのに、たっぷり三十分はかかった。
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あとがき。
本作も50話突破!
果たして無事に100話までいくのか……!
これも読者様のおかげです!読んでいただきありがとうございます!
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