第48話 ウチにおいでよ

 ポタポタと鈍色の切っ先から血が滴る。


 窓の外から顔を覗かせる月光が、血に塗れたひとりの少女を明るく照らした。


 その様子を見て、俺は彼女に声をかける。


「お疲れ様。少しは気分が晴れたかな?」


 歩み寄り、握り締められていた剣を受け取る。


 彼女の前には、二人分の死体が置いてあった。彼女を捕まえ、暴力をあげた二人の貴族の死体だ。


 それをジッと虚ろな瞳で見つめたあと、彼女は俺を見上げて返事を返す。


「……解りません。心は軽くなったと思います。けど、まだ実感が湧かなくて……」


「だろうね。復讐は虚しいなんて言う人もいるけど、それは立派な君の権利だ。君は間違いなく、自分の力で前に進んだ。誇るといい。いまは笑えなくても、いつか笑える時がくるさ。間違っていない。ようやく君は、すべてから解放される」


「私が……解放、される?」


「自由って意味だよ。もうミラを縛るものはなにもない。好きに生きればいい。好きに歩けばいい。好きに考え、好きなように行動するんだ。それを止める者はいない」


 彼女は本来のストーリーから解放された。


 わざわざ主人公と関わることもなければ、主人公のために命を懸ける必要もない。


 剣身に付いた血を払い、鞘に戻してから彼女の頭を撫でる。


 小さな背丈に、小さな体。そんなものでこれまでの苦痛や苦行を耐え抜いていたのかと思うと、こちらまで心が苦しくなった。


 だが、それでも越えた。いまはそれが解ればいい。


「自由…………私は、自由……」


 自身の血に濡れた手を見つめながらポツポツと呟く。


 その意味がうまく呑み込めていないようにも見える。


「でも、どうすればいいの? 私は、なにも……なにかをしたいと思ったことはない。ただ、この地獄から解放されたかっただけ」


「目的がないのか。それもそうだね」


 いきなり奴隷の日々から解放されて、「じゃあちょっと旅に出ます!」なんて大胆なことを言える人間はいないだろう。


 人は適応する生き物だと言うが、それにだって覚悟と不安は付きまとう。


 その道を示し導くのが、本来は親の役目だからね。


 子供が大人になるまでレールを敷いてあげるはずが、利用し金のための売る。そんなゴミクズみたいな親のもとに生まれた彼女には、明確な夢や行動に必要な欲求がないのだろう。


 ないのなら、代わりに俺が示してあげればいい。


「——なら、ウチにおいでよ」


「……ウチ?」


「そ。アリウム男爵家さ。元から君を妹の専属メイドにしようと思っていたんだ。俺の妹がね、君と同い年くらいだから、よかったら仲良くしてあげてくれないかなって」


「妹さんの、世話?」


「うん。三食おやつも付いて、給料も払われる。虐めや暴力とは無縁だし、両親も妹もいい人たちだよ。君さえよければ、いつでも受け入れられる」


 最後に「どうかな?」と言って片手を差し出した。


 それは新たな未来への切符だ。


 いきなり掴むのは難しいとは思うが、どうか、俺を信じてほしい。


 そんな気持ちを込めて彼女を見つめると、やや逡巡したあと、ミラはゆっくりと俺の手を取った。


「……まだ、上手く状況は呑み込めていないけど……あなたは、信用できます」


「嬉しいなぁ。その期待に応えられるよう、全力で応援するつもりだよ。なに、他にやりたいことでも出来たら仕事なんて辞めればいい。誰も引き止めたりしないさ。それが君の夢であれば」


 くいっと握り締めた彼女の手を引っ張る。


 引き寄せられたミラは、すっぽりと俺の懐に埋まった。


「な、なにを!?」


 動揺するミラ。くすりと笑って、囁くように言った。


「外が騒がしくなってきた。たぶん、騒動を聞きつけて騎士団がやって来たんだろう。バレると俺は捕まるし、君も奴隷商に戻される。だから俺にしっかり掴まってて。いまから急いで外に出るから」


「ッ! う、うん」


 了承を得たので近くの窓を開ける。


 最後にもう一度だけ転がる死体を見下ろして、俺は清々しい笑みを作った。


 そして、窓の縁に足をかけると、暗闇の中に潜る。


 音も立てずにその場から消え去った。




 ▼




 ネファリアスが書斎らしき部屋から姿を消したあと、ひとりの女性が扉を開けて入室する。


 床に転がった死体を見て、「やはり遅かったわね……」と小さく呟いた。


「それにしても、他の死体もそうだけど、今回の事件の犯人は相当な手練れね。どれもこれも、ほとんど一撃で仕留められてる」


 唯一、傷跡を多く残しているのは、目の前の二つの死体。


 これだけは、まるで甚振るかのように急所を避けた攻撃が多く付いていた。


「——恐らく、怨恨」


 詳しい理由までは解らないが、そう判断するべきだと彼女は思った。


 同時に、この人材が欲しいと思ったのは、彼女が人材マニアで風変わりな人間だからこそ。


 殺人は忌むべきことだが、今回の被害者は悪名高き貴族。狙われたのも悪行に加担していた身内ばかり。


 それを判断すると、どうしても犯人が悪人には考えられなかった。




「団長。どうやら犯人は現場から逃走した模様です。近くに生存者がいました」


「……そう。なら、残りの者は捕まえて牢屋に連行しなさい。証拠はたくさん見つかるでしょうからね」


「了解」


 室内に入ってきた男性騎士は、きびきびしとした動きで最低限の報告を終えると、すぐに部屋を飛び出していった。


 それを見送って、開け放たれた窓から月を見上げる。


 やけに美しい月が視界に映った。






———————————————————————

名前:ネファリアス・テラ・アリウム

性別:男性

年齢:15歳

ギフト:システム

Lv:46

HP:5850

MP:2860

STR:100

VIT:70

AGI:100

INT:51

LUK:51

スキル:【硬化Lv5】【治癒Lv10】

【状態異常耐性Lv10】

ステータスポイント:18

スキルポイント:81

———————————————————————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る