第47話 ミラの覚悟

 汚らしい顔で必死に命乞いをする男。


 そんな男の懇願を無視して、無抵抗となったガイアスの首元に剣を落とす。


 思いのほか、抵抗もなく首が斬れた。


 鈍い音を立てて床を転がっていくガイアスの生首。


 後ろから、短い悲鳴が聞こえた。


「ひぃっ——!?」


 振り向くと、恐怖で動けなかった二人の親子が床に腰を下ろしていた。


 腰が砕けたのかと思う。こいつらは戦えるわけでもないからな。


 目の前で自慢の護衛が殺されたらビビるのも無理ないか。


 それで言うと、部屋の隅にいるミラの表情も悪い。


 ガタガタと震えていた。


 ——やりすぎちゃったかな。


 あの男は、貴族の命令に従って金のために人を殺してきた。


 そういう悪者を許せない俺は、徹底的に亡くなった人のために男をいたぶった。


 もしかするとミラの目には、俺が悪魔のように映っているかもしれない。


 ……まあいいや。いまはそれより。


 踵を返して、貴族たちのほうを向く。


「さて、次はお前らの番だけど、なにか遺言はあるか? 覚えるつもりはないが」


「——た、たすけっ! 助けてください! 俺たちはなにも悪くない!」


「お金! お金をあげますから!!」


 この期に及んで、俺が金で自分たちを見逃すような人物に見えるらしい。


 いや、違うか。


 コイツらにはもう、頼れるものが金しかない。それ以外では絶対に俺を揺さぶることはできない。


「哀しい最期だな……もっとこう、美しい終わりはなかったのか。改心するなり、後悔するなりさ」


 たとえそれで善人に生まれ変わったとしても殺すけどな。


 一度犯した罪は消えない。


 死んだ人たちは帰ってこない。その両手は、どうしようもないくらいに血にまみれている。


 コツコツと靴音を鳴らして男たちのもとへ歩み寄る。


 一歩、また一歩と近付くにつれて、男たちは悲鳴を漏らした。


 嫌だ、嫌だと騒ぐのを無視して、まずは足を斬る。


 逃亡させないように。


 次に出血を狙って体のいたるところを浅く抉った。少しでも長く苦しんでくれるように。


 その後、ある程度ボロ雑巾のようにすると、貴族とその子息の服を掴む。


 息も絶え絶えに許しを乞うが聞かない。


 ずるずると体を引きずって、ミラの前に放り投げた。


 鈍い音を立てて血が広がる。


 ミラもびくりと肩を震わせた。


「そいつらは、君にとっての仇だ。君に拷問まがいの真似をしようとした。すでに君は殴られている。なにもしなくても死ぬけど、最後に自分の恨みを晴らしたいのなら……この剣で、その男たちを斬るなり突くなりすればいい」


 そう言ってミラの前に剣を突き立てる。


 今度は男たちがミラに命乞いを始めた。


 小さくぼそぼそと、必死にミラへ語りかける。


「許してくれ」


「悪かった」


「もうしない」


「許してくれ」


「お金をあげる」


「なんでも叶える」


「もう嫌だ」


「助けて」


 と、何度も何度も繰り返す。


 それを見たミラは、床板に刺さった剣を抜いて、銀色の剣身を見つめる。


 あれだけ震えていたというのに、覚悟を決めるのが早いな。


 さすがはサブヒロインと言うべきなのかな?


 仮にミラが男たちを許しても、最後には俺が殺す予定だが、じっくりと彼女の気持ちをたしかめる。


「……私、は……」


 たっぷりと剣を見つめ続けたミラ。


 その視線が、ふいにこちらへ向けられた。


「ごめん、なさい」


 小さく彼女は呟く。


 それを聞いて、俺は首を横に振った。


 最初から彼女が殺せるとは思っていない。彼女の中にある恐怖心を消せればいいと思っていた。


 ——あとは自分に任せて忘れるといい。


 そう言い掛けて、目を見張る。




 ——ザシュッ、という小さな音が鳴った。


 哀しみに暮れていたはずのミラが……俺の剣を使って貴族子息を刺した。


 無理だと思っていた彼女が、最終的には躊躇なく貴族を殺した。


 ほんの一瞬だけ希望を見い出した貴族の男は、再び絶望に染まる。


 あまりにも勢いよく刺したものだから、ミラの顔や服にも血が飛び散った。


「ミラ……」


「ごめん、なさい。私、あなたに、ずっと気を……使ってもらって……」


 ごめんなさいっていうのは、そういう意味だったのか。


「いや、構わないよ。むしろ、よく頑張ったね」


 ミラは自分で前に進むことを選んだ。自分の手を血で染めることで、過去の記憶と決別したのだ。


 仮にひとりで生きることになっても、前よりは逞しく育つだろう。


 そのことに満足しながら、もう一人の男を見る。


「もう一人のほうはどうする? 息子を先に殺した理由は解るし、そっちは俺がやろうか?」


「ううん。大丈夫、です。私が、やる」


「……了解。どうぞご自由に。彼らの命を握ってるのは、いまや君だ」


 そう言ってくすりと笑うと、俺の視界に剣を抜いて構えるミラの姿が映った。

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